池西言水(いけにしごんすい)

木枯の言水 池西言水

木枯の果はありけり海の音

元禄3年(1690年)の「新撰都曲」に初出。「湖上眺望」の前書き。「海」は琵琶湖、「木枯」は比叡颪。

▶ 池西言水の俳句

 池西言水年譜(旧暦9月24日 言水忌)
1650年 慶安3年 奈良に生まれる。(*1)
1666年 寛文6年 法体して俳諧に専念。
1676年 延宝4年 江戸暮らしをはじめ、松尾芭蕉とも交流。
1678年 延宝6年 第一撰集「江戸新道」を編集。
1682年 天和2年 京都へ移住。
1722年 享保7年 旧暦9月24日(1722年11月2日)死去。72歳。
*1 名は則好。通称は八郎兵衛。別号は兼志、紫藤軒、洛下童、鳳下堂。曽祖父の千貫屋久兵衛は、奈良大年寄を務めた家系。