小林一茶(こばやしいっさ)

独自の「一茶調」が響く小林一茶

秋風やむしりたがりし赤い花

文政2年(1819年)「おらが春」収録。「さと女卅五日墓」の前書があり、文政2年(1819年)6月21日に亡くなった長女「さと」の墓参時に詠まれた句として知られている。

▶ 小林一茶の俳句

 小林一茶年譜(陰暦11月19日 一茶忌)
1763年 宝暦13年 旧暦5月5日(6月15日)信濃国柏原(*1)に生まれる。本名は小林弥太郎。
1776年 安永5年 祖母のかなが死去。継母のはつとの関係が悪化し、病に伏せる。
1777年 安永6年 江戸奉公に出る。(*2)
1787年 天明7年 二六庵竹阿の内弟子となる。
1791年 寛政3年 14年ぶりの帰郷。
1792年 寛政4年 二六庵一茶の銘で西国俳諧修行の旅(~1798年)。
1801年 享和元年 一時帰郷。父死去。継母、弟との遺産相続問題が起こる(~1813年)。
1814年 文化11年 「一茶社中」を興した。菊(28歳)と結婚。(*3)
1824年 文政7年 飯山藩士田中氏の娘・雪(38歳)と再婚。二月半余で離婚。中風が再発し、言語障害。
1826年 文政9年 やを(32歳)と3度目の結婚。(*4)
1827年 文政10年 柏原の大火に巻き込まれ、土蔵以外焼失。11月19日(1828年1月5日)没。65歳。菩提寺の明専寺裏手にある先祖代々の墓地に合葬。
*1 父・弥五兵衛、母・くにの長男として生まれる。地元で有力な農民の家系に生まれる。
*2 山口素堂を始祖とする葛飾派に所属し、天明7年(1787年)春に編纂された「真砂古」に初めて一茶の句が現れる。
*3 3男1女を儲けるが、皆2歳を迎えるまでに死去。菊も1823年に死去。
*4 連れ子・倉吉2歳。一茶の死後やたを出産。