飯田龍太(いいだりゅうた)

戦後の伝統俳句の中心的存在・飯田龍太

大寒の一戸もかくれなき故郷

1954年作。「童眸」所収。

▶ 飯田龍太の俳句

 飯田龍太年譜
1920年 大正9年 7月10日 、山梨県東八代郡五成村小黒坂(笛吹市境川町小黒坂)に生まれる。(*1)
1947年 昭和22年 國學院大學卒業。卒業論文は「芭蕉の悲劇性の展開」。「雲母」の編集に携わる。
1962年 昭和37年 父・蛇笏の死去に伴い、飯田家の家督を継ぎ、「雲母」主宰を継承。
1983年 昭和58年 紫綬褒章受章。
1984年 昭和59年 日本芸術院会員。
1992年 平成4年 8月、「雲母」を900号をもって終刊させる。
2007年 平成19年 2月25日、肺炎のため甲府市内の病院で死去。享年86。
*1 父・武治(飯田蛇笏)、母・菊乃の四男。