山口誓子(やまぐちせいし)

ホトトギスの4S 山口誓子

海に出て木枯帰るところなし

昭和19年11月19日、特攻隊の片道飛行の事を念頭に置いて詠まれた句と言われている。池西言水の「木枯らしの果てはありけり海の音」を本歌取りにしている。

▶ 山口誓子の俳句

 山口誓子年譜(3月26日 誓子忌)
1901年 明治34年 11月3日、京都市上京区岡崎町(現在は左京区)に生まれる。(*1)
1911年 明治44年 母岑子自殺。
1912年 明治45年 樺太に移住。
1914年 大正3年 俳句をはじめる。
1920年 大正9年 京大三高俳句会に出席。日野草城との出会い。
1922年 大正11年 3月、京都の虚子歓迎句会で高浜虚子に会う。4月、東京帝国大学法学部に入学。水原秋桜子、富安風生、中田みづほ、山口青邨らと東大俳句会を再興。
1926年 大正15年 東大卒業、大阪住友合資会社に入社。
1927年 昭和2年 「ホトトギス」課題選者に就任。
1929年 昭和4年 「ホトトギス」同人。
1933年 昭和8年 「京大俳句」顧問。
1935年 昭和10年 「ホトトギス」を辞し水原秋桜子の「馬酔木」に移り、新興俳句運動を展開。
1948年 昭和23年 西東三鬼、秋元不死男らと「天狼」を創刊。
1976年 昭和51年 勲三等瑞宝章。
1987年 昭和62年 日本芸術院賞。
1989年 平成元年 朝日賞。
1992年 平成4年 文化功労者。
1994年 平成6年 3月26日、呼吸不全のため神戸市の病院で死去。92歳。
*1 父新助、母岑子の長男。本名は新比古(ちかひこ)。「誓子」の号は当初「ちかひこ」と読んだが、虚子が「せいし」と読んだ。