旬を句に。さっそく一句。鮓店をまわる日の来て回遊魚
鈴の音涼しき遠き夏。手繰る温もりかげろふ也。振り向けばただ風と過ぐ。小夜かける風や狂ひぬ鈴ひとつ
はまち食うた。お盆の食卓にはいつもある。関東では「いなだ」というそうな。出世魚で夏の季語。出世の芽を摘む罪悪感に一句。武者ぶりも無常に倒るいなだかな
バスを使って小旅行。野に咲く花々を見て、大満足の一日。しかし、時計に目をやれば…あわててバス停に走るも、最終は出たあと。暗くなったベンチの上で腹が鳴る。花野にも時は流れて腹時計
光を求めて海を泳げば、さし込むものを見つけたり。お盆を過ぎて、向き合う波にクランケン…荒れ初むる水面にさすや海の月
入れあげて、財布は夏痩せ。見上げると、里によこたふ天河。はやくも秋になっていた。熱冷めてむくろ残暑に横たえて
「あきあじ」がいいと言うから、定食屋の暖簾をくぐって鰺フライを注文すると、「違う」とひとこと。謝りながらビールを頼むと、何も言わずに出て行った。背中を見送りながら一句。秋あじや切り身に塩をのせて食む北海道出身の彼女であった…
夕暮れの波止場にアタリがあった。ギャラリーの中に、頬を染めてる彼女を見たのに…あれは単なる残照だったか。遠くしてつれない空や鰯雲
「無視!」という声も遅かった。すでに手中にあったのだ。回転台をいくら彷徨えばこうなるのか…山葵をつけて口に運ぶと、どっと涙があふれだす。乾びてや涙も知らず虫の声
かなしき声に暮を知り、はやくも今日が過ぎて行く…つれづれにそのひぐらしの仕舞まで
言い訳を考えながら酔い覚まし。門に到りて背筋も凍る。帰路しらむ 朝顔さらに青くして川風に吹かれてまた詠ず。「ごぜんさま朝顔さらに青くして」。
酒ばかり喰らって寺おくり。蟻のように生きよと説教うけて、和歌一首を渡された。声高らかに歌い上げ、そしてボソリと一句。御詠歌にありかたきとや螽斯
失念の夜、食卓に置いた手土産をはさんで沈黙がある。対処も知らずに只一句。しのびよる嵐を知るやねこじゃらし
かつて、季節の肴をつつきながら酌み交わした男。移り変わる日のなか競い合ったが、俺は、そのツワモノの前に果てた。目覚めると、彼奴は大の字になって転がっていた。これは俺の勝ちと言うべきか?このしろに猛者をとどめてさし合ふて
舞い込む仕事が山となり、終業の時間がやってきた。飲み友達のひと声に、尻切れ蜻蛉は舞い上がる。明日はどこかにきっとある…黄昏に飛び立つ尾根の蜻蛉かな
飛ぶことに飽きた冷やかな朝には、風をも避けて夢を見る。西日に焼かれて目が覚めた。秋蝶や戻らぬ風と絵空事
競争に敗れて佇む港。進路を問うも、大きな波が寄せるだけ。敵が、武器を携えて偵察に来た。やり過ごす波止に太刀魚ふたつ三つ
富士には月見草がよく似合ふというから車を走らせたが、あいにく、到着した途端の雨。やっとの説得で重い腰を上げた彼女だったが、ついにそっぽを向いてしまった。つきがない・・・顔上げて雨に咲くなり月見草
休みボケを煽る色なき風。めくれたカレンダーに目をやると、何と予定が入っていない。冷やかにめくれて白しカレンダー今日をどうやって生きようか…
自販機の前で10円玉が転がった。探せど闇が深まるばかり。喉の渇きはハンパなくとも、袖は夜露に濡れそぼつ。己の小ささに泣けてきた。裸虫 露におぼるる夜のしじま
露に濡れるひと草に、通勤電車がやってくる。人の流れに従えば、足を踏み抜くハイヒール。「ごめんなさい」のひと声に、涙こらえて笑うなり。草の花 踏まれて咲かすあしたかな痛みに耐えて朝がくる。
気が滅入るというから、高原の牧場へと車を出した。爽やかな風と戯れる彼女であったが…臭気に包まれながら一句。アルパカのうれひ草ふく秋の空女心をつかむのは難しい。
かつて若鮎と呼ばれた俺たちだった。二手になって上り行けと上司に言われて、常に対立したものだ。窓際が馴染んだ俺は、クビを覚悟で人事を待った。重役を占めたライバルが、辞令を持ってやってきた。いきのびて 落ちゆく鮎の影さびし
たで食う虫も好き好きとは言うが、これを妻にすれば、引き立て上手。よく似たものにあいがあるが、染まっちまうばかりで食えやしない。蓼の花 燃えたつ姿あいに似て
いつか娶ると手をとれば、嫌よと言ってつねられた。今も秋風身に染みる。爪紅の記憶消されぬ傷ひとつ
産土の恵みに背を向けて、一儲けしようと飛び出した春。すっからかんになってたどり着いた故郷は、案山子ばかりになっていた。問いかけても風…停車場におりるゆふぐれ案山子まつ
ひと夏越えた秘蔵の酒を封切りながら、「よみがへる野性おそろしひやおろし」と詠んだ昨夜であった。全ては忘却へと向かい、時間を巻き戻すことなどできないことを今朝知った。二日酔いに呻きながら詠ず。まぼろしとさめし夢見しひやおろし
釣り上げた秋刀魚を焼きながら、海を語った。彼女は言う。あなたなんて、この魚に比べたら無知に等しいと。さんま焼く 白目に憶ゆ広き海
彼女の吊るした風鈴を、いつまで経っても下ろせなかった。嵐に塗れて途切れた音に、寂しく迎えた夕暮れだった…鈴虫や風ともつれて玻璃おちて
むかし、地動説を信じて疑わなかった。あいつは言った。地球は太陽を回り、太陽もまた地球を回ると。流星が座標を変える時、地球もまた少し座標を変える。満天の星を動かしながら…定まらぬ座標や青き星流る
また月曜日がやってきた。汗のにおいに咽せて街の芳香を偲ぶと、同僚が仕事を急かしながらこう言った。香水には汗の成分が含まれている。においたつ土ようびまつや金木せい
命をかけて守ると告白したが、彼女は取る手を払ってこう言った。男ならば蟷螂になれと。それじゃあ君を守れやしない…かまきりの契りせつなや雄のいのち
満ち足りた時間がそこにあったが、失うのが怖くて、進んでいいのか止まればいいのか分からなかった。花をくれるなら、青や赤ならよかったのに…しあわせは悲しい色やね女郎花
苦界に生きるが定めなら、如何でか夜を照らし出さむ。闇路きて情火燃ゆるや曼珠沙華
ねころんでゴロゴロいうやつがいた。抱き寄せると、突然パンチが炸裂。以来、胸にはイナヅマ模様。愛の証というものだ。稲光ねこのひとみはとんがって
若い燕のうらやまし。星を見つけて飛んで行く。虫と戯れ太った身には、悲しや闇しか見えなくなって、越冬準備にひゅるりらら。輝ける一番星やつばめ去る
ウインドブレーカーにくるまって溜息をつくと、コーチが空を指差しこう言った。代償を恐れるな。違う世界を目指すなら、風に向かって羽を広げよ。強風こそが、誰も及ばぬ高みへ導く。鳥渡る 嵐をつかむ翼かな
より良き明日を生きようと、骨身を削って寝落ちする。長らく待った休日は、ブラックジョークのようなニュースを聞いて、ティーにハニーで朝食を。霧晴るる 遅い目覚めはブラックで珈琲にすれば良かったな。
望めば月の石だって手にできるのに、心を射止める術は開発出来ない。千年の時を経てさえ、ひとは空を見上げて物思いに耽る。あまり眺めすぎると、狼になるかもしれないのに…家具屋に詠ず。よみがへるをみなの影や今日の月
寄生して咲くおもい草。人間も同じだな。肉体という、運命に導かれるものに寄生し、思いばかりを巡らせている…思草つんで両手に軽からず
墓参りをしようとしたが、コスモスに覆われて、何処にあるのか分からない。散々歩き回った末、夜が来た。宇宙を見上げながら詠ず。コスモスやテラといふ地に根を下ろし
風が冷たくなってきた。彼らはお星様となってしまった。寒くて、見上げることも叶わない。ともし灯や秋の蛍のとぶらひに明日から心に火をつけむ。
果報は寝て待てと聞いて、眠ってしまったよ。月はもう輝きを失い、西の空にぼんやり白く傾いている。現実に立ち返りて吼ゆ。寝待月 窓下のひかり夢に過ぐ
夕空の黒点を指差して、友は、鳥の名を明らかにする。飛び方を見れば分かるという。艶消して色鳥かへる茜空
艶やかに着飾って腰かけていたひとは、いつからか姿を見せなくなった。いつも小鳥のような歌声で楽しませてくれたのに。今、色気のない男が、マイクを片手に咆哮している。とまり木や 色のなき風うたふのみ
神の名を借りて昨夜のことを弁明すると、彼女がピシャリ。神は秩序をかたちづくるものであって、人心に訴えかけたりはしないと。辻褄の合わぬいい訳あきの空
弾けとんだ一粒。探しもしないで待っていると、荷物がすっかり無くなっていた。その日から、肴もないままひとり酒。枝豆や 鞘に戻せぬ小夜のつま
けいこ不足を幕は待たない。みんな席を立ってしまった…秋扇 風吹く夜のひとり舞
思い出話をしていると、いつの間にやら沈黙が…昔むつかし、酒に詠む。今年酒 背中で語るむかしかな
まだ母の胸に抱かれていた頃、ミルクは純白だと教わった。今、全く同じ色をしたものを口にしているが、ひとはそれを濁りだと言う。にごり酒 むかし真白な胸に泣く
渦中に知り合い肩寄せあった。三年経った今、台所は火の車。ひとつ屋の栗や厨の火にかけて
金貨を積み上げる夢を見た。先行投資は頭痛の種となり、以来、体に鞭打ち生きてきた。野分のあとに痛みもとれて、労働にこそ実りがあると、初めて知った。一朝の夢に結ぶや木槿子
涙の原因は君にあると、ずっと思っていたよ。冤罪だったんだね。ごめんね。まなうらに咲ひて泣けるや泡立草
約束の地は、スクランブル交差点。振り向けば、赤信号の向こうで手を振るあいつ。人にはそれぞれ道がある。すれちがふ秋思あめふる交差点
鬼子母神前。母うたふ 墓地に柘榴の割れる頃
騒いだ夏が過ぎ去り、波の語りも素通りして行く。共にいなければ、全ては意味をなさないものだね。潮騒の向ふ深々ごめ帰るゴマちゃんと呼んでごめんね。
海鳴りは悲しい恋歌。黄泉のありかを指し示し、水夫の背中に別れを告げる…あやかしの歌や砕けし秋の波
若者よ!望む結果にならずとも、血染めのシャツの誇らしき。たぎる血の皮膚を破るや運動会ちなみにわたくし、昔とった杵柄で、バトン渡され砂を嚙む…
どだい絡んで生きるが定めなら、燃え盛るその日輪を彩らむ。蔦の葉や すがる愛染うしろ影
青臭くはあるが腐れずに、ひたすら高く。未完の夢を追いかけようぞ。青蜜柑 山また崩れ積みあげて
根をもつものの悲しさよ。みだれ草 みさき離るる風のなか
燃え上がる激情に、酒ばかりは熱くなる。心に火をつけられないまま時は過ぎ、いつの間にやらくちびる寒し。臆病者だな、俺は…寂しさや 温めた酒と裸火と
オモテナシに背を向けて、花野にひとり裏を綯う。幸を厭う結果が出ては、花また散らす罪深さ。さちを問ふ野菊一輪ならざるに
藪をつついたがために、冷血漢の汚名を被る。こんな男でもホラ、群がってくる奴がいるんだぜ。どんな人間にも役立つところはあるってもんだ。冷血に命つなげや蚊の名残
Wの悲劇の行く末は、のばす手届かぬお星さま。出船消ゆあの場所あかき碇星
空を見上げて聞いてみた。君たちは詩を詠むことがあるのかと。 宇宙人は言った。「1J2+0Jqg1bKb0LGW1ZOr27C/2rSe2re307Oy3JSr1Lm90Lif17iy0LG407u50bOn0rKh1ray1bKY0LGq07W627C/2rSe2re3」(宇宙には夜がない。夜がないから歌がない☆.。.:*・゜)宇宙船見上ぐ大地の夜長かな
夜中に羊を数えていたら、いつの間にやら朝が来た。しかし、ウールの温もりから離れられない…電話の向こうで、「オマエはクビだ」と声がする。ぽっかりとあいたあしたやひつじ雲
勤勉が賞賛されない世の中。ついには校庭からも締め出され、歩きスマホの元祖と相成る。不安定な世間に投げ出されたなら、目先の損得勘定が全て。移り変わりの激しい時代、誰が誘惑に勝てようか…本棚の夜食は甘し金次郎
飾り付けながら聞く。過去を彩った花々を。平凡な横がほ菊花にかをらせて
太陽のもとで演じたピエロ。月光に、寂しき素顔の露わなる。月影や 道化師去りし砂利の上
小鳥が空をつかむ頃、ひよこぐさは実を結ぶ。鳥来る 草の実つちに還す朝
春に見つけた楽園の、千秋楽を飾りけり。秋日影 もつれた蝶を眠らせて
やっと声を張り上げられるとマスクを取れば、秋の花粉を吸いこんだ。主張は全てクシャミとなって、喧噪の中に消えていく…天高し吐いて捨てたる恨み言それも神の思召。
食われず残ったカーキ色。染まらずつかむ細い枝。残照や柿の実ひとつ染め残し
鬼の生みたれば孤独にて、「父よ」と泣きたる虫憐れ。ひとのぬくもり知らずして、襤褸着て風に凍ゆ也。蓑虫や ははと笑へぬ鬼の性
昼鳴くこおろぎころころと、道に転がり友を呼ぶ。夜祭り去った道端の、賽の小石を噛みながら。しにそびれ鳴くや蟋蟀わびしらに
毒あるものにも情あり。宿りて吹雪になろうとも。夕闇に開くきのこや赤いかさ
正風白みて秋を往く。だれか笛吹き、流行の歌をかき消しながら。故に叫ばむ…破芭蕉ましろき風の過ぎるまま
提灯行列、みちあかり。小悪魔群れる街角は、甘い香りに満ち満ちて。行列の南瓜頭を先頭に
芸術家の筆の鮮やかなるに、色づけても雪。明日は雪…秋風や明日より白きものなくに
風を起こした日もありし…銀杏散る 風をあおいだ空の下
大きな夢が小銭となって、暗闇坂を転げ落つ。つきに見放されたか、酔い倒れ。釣銭の消える宵闇わるい夢
陽気欠けたるあしたには、ひとり歌ひぬ草の陰。残る虫 ひとつおぼえの長恨歌
寒さをしのぐには酒を飲むしかないやろ。なんでも奢っちゃるがな、古い話も聞きたいしな。炉端焼きでええか?えっ、あぶった烏賊でええんかい…炉火恋し むかしの歌を聞く夜は
ひっぱり出すもの。セーター、ダウン、毛布、土鍋、赤ふん、はちまき。冬支度 そして窓辺に灯をともす
君の文から立ちのぼる炎は、鬼の形をしていたよ。それほどまでに煙たがられていたなんて、思いもしなかった。ひとりよがりって、良くないものだね…湧きあがる影や炉に堕つ置手紙紫煙、カムバーック!
ひとは黙って家路を急ぐ。春にはその一輪をも愛でたのに…狂花 風に乱るも舞い散るも
結晶など求めない。道が隠れてしまうから。欲するはかたち無きもの初時雨
願いは木端。自然の法則を前にしたなら。紅葉ちる からむ言の葉ふりほどき
時を違えて咲く花は…風に砥ぐやいば哀しき冬薔薇
始末に負えない奴だと言われて飛ばされて、迎えた冬が身に染みる。寒さに裸体をさらす木々と違って、ひとは着ぶくれる生物だというが、慣れぬ地方に佇んで、俺は着の身着のまま。上司はそれを枯木という。何まつと言ふではないが冬木立
うまく調理しようとはしたのだが、しみついた泥臭さが抜けきらなかった。悲しいこいの物語…生きながらふたつに断たる冬のこい
夜無き地方の勤務地は、チャルメラひとつを頼りとす。路地に背中丸めて箸取れば、夜泣きの窓ががらりと開く。最果の町にすするや夜鳴蕎麦
散った思いを波間に追えば、日暮れて風に哭く港。木葉舟 寄せては返しまた寄せて
むかしはデキる男の象徴のようなものだったんだがな、今じゃ肩身の狭い思いをしているよ。夢のかたちに燻らせようとも、非難の声に消えていく…けむり以て何をえがくや寒い空
蔓延った季節にリセットのスイッチが入ったというのに、あしたは、神の息吹でさえ枯らしきれない。折れた枝からこぼれる樹液が、朝日を浴びてキラキラしている。こがらしの吹きのこしたる朝かな
与えられたセリフはひとつ。「言いたいことも言えずして何が人生」。しかし、ちょっと場面にそぐわないんだよな…口ごもる舞台ならばや冬籠り
お日様に顔を向けながら生きてきたというのに、今日の空を見上げると…転生の孤狼あばきし冬の月ワオー!
丸裸にされて取り残されて闇となる。それが掟ならば是も又。裸野や 陽はまた昇る地平線
ふかく沈みし石の転がり出ずる。彼、潮の流れに逆らいては砕け、また欠片となりては旅をする。やがて微塵と化して消えんとする時、其を抱きし母なる海や、渚に歌う。形失せるとも今、輝ける夜空の如し。寄す波や 凍てし流木砂にして

#現代俳文 #寿司ネタ俳句 @twitter / ©️ 2021 Yasu and Rockets
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