祇徳

ぎとく

俳諧における古学を提唱した人

元禄15年(1702年)~宝暦4年(1754年)11月24日。江戸浅草(東京都台東区)の札差業を営む裕福な商家に生まれる。父も俳人で自嘯といった。一世祇徳。別号に慈尺・自在庵・水光洞・遅日亭・湖南亭・宝捷斎など。宝暦元年(1751年)、剃髪して来蔵法師と号す。祇空に師事。俳諧も古文辞を用いるべきだと考え、俳諧における古学を提唱。
俳諧仲間には同業の札差が多く、高利貸しで捕まったこともあった。常々弟子に、「百年以前の句、今時の調に合わず。今の調のなんぞ百年の後に合はむや」と語りかけていたと言われる。
宝暦4年春に体調を崩し、11月24日に死去。辞世は「空さえてもと来し道を帰るなり」。

▶ 祇徳の句

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