俳句

川上不白

かわかみふはく

江戸千家を創始した茶人

享保4年3月3日(1719年4月22日)~文化4年10月4日(1807年11月3日)。 紀伊国新宮(和歌山県新宮市)出身。紀伊新宮藩の水野家の家臣であった川上六太夫の次男。名は亀次郎。本姓は藤原。別号に宗雪など。俳諧は貴志沾州に学ぶ。

15歳で表千家七代目・如心斎に入門。不白の号は、「茶経」を著した唐の陸羽の詩「群峰雪を戴くも孤り不白」からとられ、「孤峯不白」として、大徳寺の大龍和尚から贈られた。寛延2年(1749年)に、如心斎から「宗雪」の名を与えられ、一本立ちを許されたが、さらに千家一子相伝の「長盆伝」を伝授され、江戸に向かう不白に「秋風に乗りて帰るや東人」と餞の句が贈られたという。

▶ 川上不白の句

季語検索を簡単に 季語検索を簡単に 季語検索を簡単に 季語検索を簡単に