天明の中興五傑
かやしらお(1738年10月3日~1791年10月10日)
元文3年8月20日(1738年10月3日)~寛政3年9月13日(1791年10月10日)。江戸深川に、信濃国上田藩士の次男として生まれる。別号に昨鳥・春秋庵・白尾坊、露柱庵など。鴫立庵の庵主。白井鳥酔・松露庵烏明に師事。
関東正風の中興を自ら任じ、清貧を貫いた。「人を和するの玄徳なし」と評される頑固な性格で、酒豪だったとも伝わる。もとは春秋庵昨烏と号していたが、烏明と方向性の違いから離別し、松露庵を退出して白雄と名乗った。著書に「俳諧寂栞」など。
品川の海晏寺に墓があり、墓石に「たち出て芙蓉のしぼむ日に逢へり」と刻まれている。
▶ 加舎白雄の俳句