柳亭種彦

りゅうていたねひこ

合巻界の第一人者

天明3年5月12日(1783年6月11日)~天保13年7月19日(1842年8月24日)。江戸本所(東京都墨田区)の旗本の家に生まれる。通称は彦四郎、幼名は主税、字は敬之。別号に足薪翁・木卯・偐紫楼など。14歳の時、父の死去に伴い家督を継ぎ、高屋彦四郎知久を名乗る。「偐紫田舎源氏」などで知られる、人気の戯作者だった。俳諧にも造詣があり、狂歌や川柳も詠んだ。

天保の改革により「偐紫田舎源氏」がとがめられる中で病んで死去したとされるが、自殺説もある。辞世は「われも秋六十帖の名残かな」。

▶ 柳亭種彦の俳句

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