あじさいや きのうのまこと きょうのうそ
正岡子規の女性観
「寒山落木」明治26年(1893年)夏の紫陽花の項に、「傾城讃」の前書きで「紫陽花やきのふの誠けふの嘘」とあるから、遊女との絡みで悟った真実なのかもしれない。「七変化」とも呼ばれる紫陽花を、遊女の心変わりに擬えたのだろう。
同項の関連すると見られる俳句には
紫陽花やはなだにかはるきのふけふ
紫陽花やけふはをかしな色に咲く
けふや切らんあすや紫陽花何の色
がある。また、前年には「邪淫戒」として「早乙女の恋するひまもなかりけり」と詠んでいるものの、この頃はしきりに「傾城」が取り上げられており、明治26年夏の項だけでも、以下のようなものがある。
鏡見てゐるや遊女の秋近き
秋近し七夕恋ふる小傾城
憎らしや夏を肥たる小傾城
傾城をよぶ聲夏の夜は明けぬ
動かれぬ遊女の罪のあつさ哉
傾城にいつはりのなき暑さ哉
傾城の寝顔にあつしほつれ髪
傾城は誠にあつき者なりけり
人にまかす身とは思へど暑さ哉(傾城讃)
金銀の襖にあつき地獄哉(傾城讃)
傾城の夢に殿御の照射哉
傾城の娘もちける鵜匠哉
傾城をかむろとりまく粽哉
傾城の昼寝はあつし金屏風
蜑の子の遊女うらやむすずみ哉
傾城や客に買はれて夕涼み
傾城の海を見て居る夕涼み
夏痩せを親に泣かるる遊女哉
見受せし傾城くやし衣かへ
傾城の名をつけて見ん竹婦人
傾城の手つからくへる蚊遣哉
船にたく室の遊女の蚊遣哉
傾城の姿あらはす蚊遣哉
傾城にとりかくされし扇哉
傾城にものかかれたる扇哉
傾城の故郷や思ふ柏餅
夕立や簀戸に押されし小傾城
傾城は格子の内や夏の月
傾城も石になりたる夏野哉
傾城の耳たぶ廣しほととぎす
太秦や山ほととぎす古遊女
傾城の発句名高し初松魚
蚊の狂ふたそかれ時の化粧哉
傾城の在所をきけば藪蚊哉
傾城に死んでみせけり灯取蟲
夏に籠る傾城もあり百日紅
傾城の瓶にしぼみし牡丹哉
牡丹咲て美人の鼾聞えけり
傾城の罪をつくるや紅の花
傾城の筆のすさびや燕子花
萍のさそはれやすき嵐哉(傾城讃)
泥水を見せぬ蓮のさかり哉(遊女讃)
夕顔に昔の小唄あはれなり(田舎傾城讃)
凌霄やからまる緑の小傾城(飯阪妓廓)
傾城も南瓜の畑で生れけり
25歳の春。この頃より大きく注目される存在になっていくものの、その生涯に艶やかな女性は登場しない。ただ、このような俳句を詠んでいたことは確かである。
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