黒柳召波

「憂きことをクラゲに語るナマコかな」の作者

くろやなぎしょうは

1727年(享保12年)~1772年(明和8年12月7日)。京都の商家に生まれる。通称は清兵衛。別号に春泥舎。もとは柳宏の名で漢詩を詠んだが、与謝蕪村に師事して俳諧に転じる。
召波の死に際して、蕪村は「我俳諧西せり」と嘆いたという。没後に編集され、安永6年(1777年)に成った「春泥句集」は、黒柳召波の俳諧集であるが、蕪村が寄せた序が有名である。

余かつて春泥召波に洛西の別業に会す。波すなはち余に俳諧を問ふ。答曰く、俳諧は俗語を用ゐて俗を離るるをたつとぶ。俗を離れて俗を用ゆ、離俗の法最かたし。かの何がしの禅師が、隻手の声を聞けといふもの、則ち俳諧禅にして離俗ノ則也。(春泥句集「序」)

▶ 黒柳召波の俳句

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