斎藤徳元

さいとうとくげん

信長にも仕えた武将俳人

永禄2年(1559年)~正保4年8月28日(1647年9月26日)。岐阜出身。斎藤元忠の子で、斎藤道三は曾祖父。織田信長・秀信に仕え墨俣城主となるが、関ケ原の戦いで若狭に逃れ、剃髪して徳元と改名。帆亭(はんてい)と号す。
はじめは江戸で和歌を指南したが、上京して松永貞徳に俳諧を学んだ。寛永18年(1641年)に刊行した「誹諧初学抄」は、江戸で出版された最初の俳書である。「狗子集」(松江重頼1644年)の巻頭に、「春立つやにほん目出たき門の松」が入った事で、一世の作者と称された。
若狭で死去した。辞世は「今までは生たは事を月夜かな」。

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