飯田龍太 ●
黒服の春暑き列上野出づ 季滝音はひかりを含み春の雲 季山の木に風すこしある薄暑かな 季梅を干す真昼小さな母の音 季みづうみにひかりをゆだね避暑期去る 季鎌倉をぬけて海ある初秋かな 季嶺聳ちて秋分の闇に入る 季老人の前の秋雨つよき谷 季新米といふよろこびのかすかなり 季大寒の一戸もかくれなき故郷 季初冬のまた声放つ山の鳥 季冬耕の兄がうしろの山通る 季破魔矢ゆきあとまたねむるなまこ壁 季緑陰をよろこびの影すぎしのみ 季去るものは去りまた充ちて秋の空 季一月の川一月の谷の中 季春の鳶寄りわかれては高みつつ 季どの子にも涼しく風の吹く日かな 季母の髪極暑まぶしき月照らす 季セルを着て村にひとつの店の前 季下刈りの男の夕日の蔓もどき 季うきうきと咲いて淋しき花八ツ手 季
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