仲夏の季語 菖蒲
花菖蒲(はなしょうぶ・はなあやめ)・菖(しょうぶ)・あやめ草(あやめぐさ)・燕子花(かきつばた)・杜若(かきつばた)
日本人が最も混同している植物が、アヤメとショウブ。どちらも漢字で「菖蒲」と書き、夏の季語となる。
しかし、両者は全く別の植物で、アヤメはユリ目アヤメ科、ショウブはオモダカ目サトイモ科となる。葉の形状が似ているための混同だが、花は全くの別物。アヤメが紫や白などの大きな花弁をつけるのに対し、ショウブの花は蒲の穂のようで地味。
アヤメの名は、花弁基部の文目模様からきた名称とも言われており、本来は「文目」と表記すべきか。
中国から「端午の節句」を取り入れた時に、自生していたアヤメと、行事で使用されるショウブとの混同が起こったと見られ、以降、ショウブのことを「あやめ草」と呼ぶようにもなったという。
さらに話をややこしくしているのが、中世から園芸栽培が盛んになったハナショウブの存在。ショウブと名はつくが、アヤメ科に属し、アヤメと違わぬ美しい花をつける。
因みに、アヤメ科の植物であるアヤメ・ハナショウブ・カキツバタは見分けがつきにくいが、それぞれ花弁の基部に特徴が現われる。アヤメは文目模様、ハナショウブは黄色、カキツバタは白色の斑紋が入る。また、アヤメは乾いた土地を好むのに対し、ハナショウブ、カキツバタは湿地を好む。
ショウブ
サトイモ科ショウブ属ショウブ。池や川などに生える多年生の草本で、5月から7月頃に棒状の肉穂花序をつける。菖蒲湯として用いられるのはこちら。また、「万葉集」に歌われた「あやめぐさ」も、この菖蒲のことだと考えられている。
ハナショウブ
アヤメ科アヤメ属ノハナショウブの園芸品種。6月頃に白・紫・黄花などの花を咲かせる。花弁の付け根が黄色いのが特徴。江戸時代に盛んに育種改良された古典園芸植物で、江戸系・伊勢系・肥後系・長井古種の4系統、約5000種がある。
カキツバタ
アヤメ科アヤメ属カキツバタ。5月から6月頃に紫色の花を咲かせる(白い品種もある)。花弁の付け根に白い筋が入る。アヤメ属3種の中で最も湿地を好み、水中にも生える。「いずれ菖蒲か杜若」とよく言うが、育つ場所である程度は見分けがつく。
アヤメ
アヤメ科アヤメ属アヤメ。5月頃に紫色の花を咲かせる(白い品種もある)。花弁の付け根に網目模様があるのが特徴。ハナショウブやカキツバタに比べて、乾燥した場所を好み、山野の草地に自生する。
● 俳諧歳時記栞草での菖蒲
俳諧歳時記栞草では、「花菖蒲」と書いて「はなしょうぶ」、「紫羅襴花」と書いて「はなあやめ」、「杜若」と書いて「かきつばた」と読ませる。菖蒲に関しては、菖蒲酒など「あやめ」と読ませるものが12項、「しょうぶ」と読ませるものが「花菖蒲」「菖蒲刀」2項である。
● 万葉集での「あやめぐさ」
万葉集には「あやめぐさ」を取り上げたものが10首あまり有り、田辺福麻呂の
霍公鳥いとふ時なしあやめぐさ かづらにせむ日こゆ鳴き渡れ
のように、ホトトギスとともに歌われたものが半数を占める。当時は、5月5日にショウブを束ねて頭に巻いていたと見え、ここに歌われているのは、美しい花を咲かせる菖蒲ではなく、サトイモ科のショウブのことだと考えられている。
● 和歌に歌われた杜若
万葉集には杜若を歌った和歌が7首あり、大伴家持が
かきつばた衣に摺り付け大夫の 着襲ひ猟する月は来にけり
と歌ったように、摺染に用いられたことが知られている。
古くから杜若の名所として知られた三河八橋は、伊勢物語に
からごろもきつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞおもふ
と歌われた場所で、この和歌は折句の名歌として知られている。
● 菖蒲に関する雑学
ショウブは、本来「白菖」の字があてられる。古代中国では、邪気の満ちると言われた5月に、葉の形が刀に似て、邪気を払うと考えられた芳香がある菖蒲を用い、「女性の節句」と言われた「菖蒲の節句」を祝った。それが日本に伝わる中で「尚武」に通じ、「男の子の節句」に変わったという。
「かきつばた」は「書き付け花」の転訛で、染料にしていたところに語源がある。
【菖蒲の俳句】
あやめ草足に結ん草鞋の緒 松尾芭蕉