松瀬青々

まつせせいせい

関西俳壇の重鎮

明治2年4月4日(1869年5月15日)~昭和12年(1937年)1月9日。大阪府大阪市の薪炭商の家に生まれる。本名は弥三郎。正岡子規に師事。「宝船」「倦鳥」創刊・主宰。
銀行に勤めていたが、1898年に上京し「ホトトギス」の編集係となる。さらに1900年にホトトギスを退社し、大阪朝日新聞社に入社し、晩年まで朝日俳壇を担当する。

狭心症で死去。辞世は「月見して如来の月光三昧や」で、戒名の月光三昧院釈青々居士位はここからきている。大阪天王寺の正覚寺墓地には、この俳句の句碑も立つ。

▶ 松瀬青々の俳句

 インターネット歳時記