神の井やあかねにけぶる冬木の芽

かみのいや あかねにけぶる ふゆきのめ

神の井やあかねにけぶる冬木の芽角川源義の昭和43年(1968年)の俳句。筑波山神社境内に、この俳句の句碑が建立されており、そこには下記のような説明文があった。

神の井や あかねにけぶる 冬木の芽  源義
(昭和四十三年作)
 この俳句は俳誌「河」主宰角川源義先生が、常陸風土記の巨人伝説の地、常澄村大串(現水戸市)の貝塚を訪ねられた折の作品です。
 民俗学者として、また俳人として、古代への崇高な祈りと暖かい心が、一句の中に脈打っています。「巨き漢の尿は沼なす枯芭蕉」も同時作で、先生は常陸の地をこよなく愛され、晩年は幾度も足を運ばれました。
  俳誌「河」同人会

これによれば、「大串貝塚ふれあい公園」で詠まれたものか。井戸と見なした池に映る景色が赤く染まっているのは、冬木の芽によるものだと気付き、ものを創造するだけではなく、時をも司る神の偉大な姿を見て感動したのだろう。
因みに常陸国の名は、新しく掘った井戸の水で手を洗った時に、袖が井戸につかって濡れた意の「浸し」からきているという。
上記の説明文にある常陸国風土記の件は、「那賀の郡」の項にある。

平津の駅家の西一二里に岡あり。名を大櫛といふ。上古に人あり、體極めて長大きに身は丘の上に居りて、蜃を採りて食ひき。その食へる貝、積もりて岡と成りき。時の人大きに朽ちし義を取りて、今大櫛の岡といふ。その大人の踏みし跡は、長さ三十餘歩、廣さ二十餘歩あり、尿の穴址は、二十餘歩許あり。

▶ 角川源義の句



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筑波山神社の句碑(茨城県つくば市)

鴫たってなきものを何よぶことり御神橋横にあるこの句碑は、角川源義氏が亡くなって6年が経つ1981年10月17日に、「河」第23回全国大会を記念して、各支部の賛助により建立された。揮毫は、俳人であり角川源義の妻でもあった角川照子氏

筑波山神社には、日本の祖神である伊弉諾尊・伊弉冊尊の二柱が祀られている。ここは、ヤマトタケルと御火焼老人(みひたきのおきな)の掛け合い(*)に因み、俳句に通じる連歌のことを「筑波の道」というように、和歌とは縁の深い場所でもある。現在では、境内のあちらこちらに歌碑が建ち、万葉の人々に思いを馳せながら散策できるようになっている。

(*)新治筑波を過ぎて幾夜か宿つる(ヤマトタケル) かがなべて夜には九夜日には十日を(御火焼老人)

【撮影日:2019年7月20日】

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