俳句

荒海や佐渡によこたふ天河

あらうみや さどによこたう あまのがわ

絵画的描写の素晴らしさに真偽が話題になる芭蕉句

元禄2年(1689年)松尾芭蕉「おくのほそ道」の旅。曾良旅日記によると、7月6日から今町(直江津)に泊まり、この句が詠まれたであろう7月7日は荒天だったという。以下、「おくのほそ道 越後路」より。

酒田の余波日を重て、北陸道の雲に望。遥々のおもひ胸をいたましめて、加賀の府まで百卅里と聞。鼠の関をこゆれば、越後の地に歩行を改て、越中の国一ぶりの関に到る。此間九日、暑湿の労に神をなやまし、病おこりて事をしるさず。
 文月や六日も常の夜には似ず
 荒海や佐渡によこたふ天河

「本朝文選 銀河ノ序」や真蹟懐紙では、出雲崎で詠まれたことになっており、7月4日にあたるが、この夜も荒天。それらによると、出雲崎から佐渡島が手に取るように鮮明に見渡せたとある。そして、金山のある佐渡島をめでたい島だと述べるが、罪人が送られることを思って心が寒くなり、かなしみを抱いている。以下、芭蕉展図録より。

ゑちごの駅出雲崎といふ処より、佐渡がしまは海上十八里とかや。谷みねの嶮難くまなく、東西三十余里によこをれふして、まだ初秋の薄霧の立もあへず、波の音さすがに高からざれば、たゞ手のとゞく計になむ見渡さる。げにや此嶋はこがねあまたわき出て、世にめでたきしまになむ侍るを、むかしいまに到りて、大罪朝敵の人々遠流の境にして、物うきしまの名に立侍れば、いと冷じき心地せらるゝに、宵の月入かゝるころ、山のかたち雲透にみえて、海のおもてほのぐらく、なみの音いとゞ悲しく聞え侍るに、
 あら海や佐渡によこたふ天河

芭蕉屈指の名句とされるが、それ故に、出雲崎から佐渡島の方向を見やった時に、天の川が横たわるように見えるのかということや、天の川が見えるような晴天に海が荒れているのかといったことが度々議論される。

意味は、「荒海の向こうに見える佐渡島に、天の川が横たわっているよ」といったもので、荒れる海に対峙させるように、雄大な天の川を配置している。佐渡は「人」を象徴し、荒海は「運命」、それを取り巻くのが「天河」である。本来ならば逢瀬ある七夕の秋である。

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