別るるや夢一筋の天の川

わかるるや ゆめひとすじの あまのかわ

七夕の空に漱石が抱いた夢

別るるや夢一筋の天の川明治43年(1910年)6月18日に、夏目漱石は胃潰瘍のために、長与胃腸病院に入院した。7月31日までここに入院しており、その後、北白川宮に随行する松根東洋城とともに修善寺に行き、そこで療養することになる。その折に詠まれたものである。
1910年の朝日新聞に掲載された随想「思ひ出す事など」第5回に登場し、下記のようにある。

 別るるや夢一筋の天の川
何という意味かその時も知らず、今でも分らないが、あるいは仄かに東洋城と別れる折の連想が夢のような頭の中に這回って、恍惚とでき上ったものではないかと思う。

漱石は、8月6日に修善寺に向かうが、東洋城との待ち合わせが上手くいかず、その日、疲れ切って菊屋別館に入った。その折に構想されたものであろうが、恐らく「夢」とは「快癒」であろう。しかし、8月17日に吐血し、8月24日には危篤状態となっている。

「思ひ出す事など」に記載されたことを併せて意味を考えると、「病気の不安をかかえながらも、希望の一筋として東洋城を頼っているが、そこには別れというものがあるのだ…」というような感じになるだろうか。月遅れの七夕であり、季語は天の川である。

▶ 夏目漱石の俳句



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