俳句

世の中は三日見ぬ間に桜かな

よのなかは みっかみぬまに さくらかな

世の中は三日見ぬ間に桜かな「蓼太句集」所収の大島蓼太の句。寛保2年(1742年)、25歳の時の句だと言われており、蓼太の代表句となっている。また、「世の中は三日見ぬ間の桜かな」として世間に流布し、世の中の移り変わりが激しいことを指す慣用句ともなっている。

▶ 大島蓼太の句

句評「世の中は三日見ぬ間に桜かな」

正岡子規「俳諧大要」1895年

名高き句にて世の人大方は知れり。句意は世の中の有為転変なるは桜花の少しの間に咲き満ちたると同じとなり。誰にも能く分る句にてしかも理想を含みたれば世人には賞翫せらるるものと覚えたり。されども理想を含みたる者必ずしも善からざるは前にも言ひたる如し。いはんやこの句の如き格調の下品なる者は俳句とも言ひがたき位なり。されどもはじめての作としては保存するも可なり。ゆめ模倣すべからざるものなり。俗には「三日見ぬ間の」と伝へたれどもやはり「見ぬ間に」と「に」の字の方よろし。「の」とすれば全く譬喩となりて味少く、「に」とすれば「桜」が主となり実景となる故に多少の趣を生ずべし。

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来福寺の句碑(東京都品川区)

世の中は三日見ぬ間に桜かな来福寺は、本尊に因んだ「延命桜」が有名で、信者による桜の木の寄進もあり、かつては桜の名所として知られていた。安永4年(1775年)には、蓼太一門によって、27種の桜それぞれに句が奉納されたという。
碑面の句は「世能中者三日ミぬ萬耳さくら哉」。天明7年(1787年)11月建立とあるから、蓼太が亡くなってから3か月も経たないうちに、弟子たちにより建立された。四世雪中庵大島完来揮毫。品川区の文化財に指定されているが、風化が激しく、文字の判読が難しくなっている。
【撮影日:2020年2月24日】

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