俳句

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声

やがてしぬ けしきはみえず せみのこえ

芭蕉の名句|無常迅速の一句

やがて死ぬけしきは見えず蝉の声元禄3年(1690年)の松尾芭蕉の句。芭蕉が滞在していた幻住庵を訪れた秋の坊とのやりとりで知られる句。
秋の坊は清貧を貫いた俳人として知られているが、その人物を芭蕉は、「我宿は蚊のちいさきを馳走かな」の句で出迎えた。つまり、豪華なものは何もないが、蚊の羽音のような喧騒からは隔離された場所へよくいらっしゃったと。そして、この「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」を贈答句として別れたのである。支考編「東西夜話」に、「無常迅速の一句をあたへ」とある。
「無常迅速」は仏教用語で、人の世の移り変わりが非常に速いこと。芭蕉は、七日の命ともいわれるの声に無常迅速を感じ、しかし蝉は、それを感じさせることもなく鳴き続けていると詠んだのである。

1691年に刊行された「猿蓑」に「頓て死ぬけしきは見えず蝉の声」、同年「卯辰集」には「無常迅速」の前書とともに「頓てしぬけしきも見えず蝉の聲」。1693年「桃の実」には、「頓て死ぬけしきに見えず蝉の聲」とあり「此句、人上渡世、天道地変にも、かゝれる名句ならんと、世こぞつていひ侍りぬ。なまじゐに註しては花実をそこなふたぐひなるべし。」と記されている。1699年の「陸奥鵆」に「頓て死ぬけしきは見えず蝉のこゑ」。
幻住庵記には下記のようにも記されている。

我しゐて閑寂を好としなけれど、病身人に倦で、世をいとひし人に似たり。いかにぞや、法をを修せず、俗をもつとめず、仁にもつかず、義にもよらず、若き時より横ざまにすける事ありて、暫く生涯のはかりごととさへなければ、万のことに心を入れず、終に無能無才にして此一筋につながる。凡西行・宗祇の風雅にをける、雪舟の絵に置る、利休が茶に置る、賢愚ひとしからざれども、其貫道するものは一ならむと、背をおし、腹をさすり、顔をしかむるうちに、覚えず初秋半に過ぬ。一生の終りもこれにおなじく、夢のごとくにして、又又幻住なるべし。
 先たのむ椎の木もあり夏木立
 頓て死ぬけしきも見えず蝉の声
  元禄三夷則下  芭蕉桃青

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