一家に遊女もねたり萩と月

ひとつやに ゆうじょもねたり はぎとつき

一家に遊女もねたり萩と月松尾芭蕉、1689年(元禄2年)の「おくのほそ道」の「一振」に以下のように載る。

今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返しなど云北国一の難所を越て、つかれ侍れば、枕引よせて寝たるに、一間隔て面の方に、若き女の声二人計ときこゆ。年老たるおのこの声も交て物語するをきけば、越後の国新潟と云所の遊女成し。伊勢参宮するとて、此関までおのこ送りて、あすは古郷にかへす文したゝめて、はかなき言伝などしやる也。白浪のよする汀に身をはふらかし、あまのこの世をあさましう下りて、定めなき契、日々の業因、いかにつたなしと、物云をきくきく寝入て、あした旅立に、我々にむかひて、「行衛しらぬ旅路のうさ、あまり覚束なう悲しく侍れば、見えがくれにも御跡をしたひ侍ん。衣の上の御情に大慈のめぐみをたれて結縁せさせ給へ」と、泪を落す。不便の事には侍れども、「我々は所々にてとゞまる方おほし。只人の行にまかせて行べし。神明の加護、かならず恙なかるべし」と、云捨て出つゝ、哀さしばらくやまざりけらし。
 一家に遊女もねたり萩と月
曾良にかたれば、書とゞめ侍る。

市振に宿泊したのは旧暦7月12日(8月26日)。曾良が書き留めたとあるが、曾良旅日記に記載はない。
この句は、境遇の違う身分の者が隣り合い、また別れていくという、はかない人生を詠んだものだと言われている。「萩」は「脛」、「月」は「肉」を連想させる。つくり話との説もあるが、遊女との出会いの背景については、文面の裏側を勘繰ってしまう箇所でもある。

なお、種田山頭火「愚を守る」(1941年)に、この句を捩った「一つ家に一人寝て観る草に月」がある。

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