からさきの まつははなより おぼろにて
近江八景の一つを詠んだ芭蕉句
貞享2年3月上旬(1685年4月)、「野ざらし紀行」の旅において、大津の本福寺別院(千那亭)で詠まれた。「鎌倉海道」(田中千梅1725年)には、「山はさくらをしほる春雨」との千那の脇句がある。初案は「辛崎の松や小町の身のおぼろ」だと、「くだみぐさ」(横井也有)にはある。
「去来抄」(向井去来)に、「にて」留めの議論が載る句で、なぜ「哉」にしなかったのかという問いに、芭蕉は「我はただ花より松の朧にて面白かりしのみなり」と答えたという。
季節は「朧」で春。「辛崎の松」は、「唐崎の夜雨」で知られる唐崎神社にある琵琶湖に面した松で、歌枕であり近江八景の一つにもなっている。普通ならば花の方が朧であるはずなのだが、「辛崎の松は花よりも朧で面白い」というような意になる。
当時の辛崎の松は二代目で1591年に植えられたものであるが、初案の「小町の身のおぼろ」から見るに、芭蕉には樹勢の衰えが見えていたのかもしれない。
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