このまつの みばえせしよや かみのあき
桃青こと松尾芭蕉44歳。貞享4年(1687年)8月25日に成った「鹿島紀行」に、「神前」として載る句。
鹿島の根本寺に戻っていた仏頂和尚の招きに応じ、仲秋の名月を鑑賞するための旅だったが、当日は雨。数日の滞在で、鹿島神宮にも参拝したと見え、鹿島紀行の「神前」には、芭蕉の句に続いて、宗波「ぬぐはゞや石のおましの苔の露」、曾良の「膝折るやかしこまりなく鹿の声」が載る。
仏頂和尚は、芭蕉より3才年長の禅の師匠。根本寺第21世住職であり、鹿島神宮との領地争いでしばしば江戸に出向き、芭蕉庵にも近い江戸深川の臨川寺に滞在した。
この句では「松」が詠み込まれているが、当時の鹿島には、七不思議に数え上げられる「根上がり松」というのがあり、何度伐っても枯れることがなかったという。その松が芽吹いた頃の、太古に思いを馳せて詠んだ句だと言われている。
▶ 松尾芭蕉の句