季語|菊(きく)

三秋の季語 

白菊(しらぎく・しろぎく)菊日和(きくびより)菊人形(きくにんぎょう)

菊の俳句と季語(東京自慢十二ヶ月)キク科キク属。隠逸花(いんいつか)・陰君子(いんくんし)・星見草(ほしみぐさ)・霜見草(しもみぐさ)・千代見草(ちよみぐさ)の異称も持つ。大きさから、大菊・中菊・小菊に分かれ、大菊の大輪咲きは厚物咲きという。
原産地は中国だと言われ、栽培用に中国で生まれた家菊は、唐の時代より観賞用に盛んに栽培された。日本には平安時代に渡来したと考えられており、「類聚国史」に載る。日本で観賞用につくられたものを和菊、西ヨーロッパで生まれたものを洋菊と呼ぶ。「高貴」の花ことばを持つが、世界各地で墓参・葬儀に用いられる哀愁を帯びた花でもある。

「礼記」に載る「鞠」という黄花植物から、「菊」の字が取られたという。「菊」の文字は、米を一か所に集める様子を示したもので、菊の花びらを米に見立てている。「きく」の語源は漢音にあるという。
中国では長寿延命の薬草とされていて、邪気を祓う魔除けの役割を果たす。旧暦の9月9日重陽は、「菊の節句」と呼び、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わしたりして邪気払いを行っていた。

日本では「類聚国史」に初めて出てくることから、平安時代前期に渡来したと考えられている。和歌においては、古今和歌集のあたりから歌われる。紀友則に

露ながら折りてかざさむ菊の花 老いせぬ秋の久しかるべく

がある。
江戸時代には特に栽培が盛んになり、菊花壇、菊人形など品評会も盛んに開催されるようになった。
また、菊の花を模した菊花紋は、後鳥羽上皇が自らの印としてより、天皇および皇室を表す紋章となった。そして明治2年に、十六八重表菊が正式に皇室の紋章となり、菊は日本を象徴する植物となっている。そんな日本の秋晴れを、菊日和という。

ヨーロッパでは、幕末の日本から持ち込まれた菊が、イギリスから広がっていった。

【菊の俳句】

菊の香や奈良には古き仏たち  松尾芭蕉
ものいはず客と亭主と白菊と  大島蓼太

▶ 秋の季語になった花 見頃と名所

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