三春の季語 東風
冬の特徴である西高東低の気圧配置が緩むと、東風が吹きやすくなる。しかし東風はまた、雨を呼ぶ風でもあり、時に「時化ごち」という海上を荒らす嵐となることもある。
東風と言えば、何と言っても
東風吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな
の菅原道真の歌が思い出される。また、万葉集の作者不詳の和歌に
朝東風に井堰越す波の外目にも 逢はむものゆえ滝もとどろに
があり、古くから「こち」と呼ばれていたことが分かる。
「こち」の語源には諸説あるが、中国の「爾雅」に「東風これを谷風(こくふう)といふ」とあり、古い言葉で風のことを「ち」ということから、「こくち」の転訛との説がある。
「谷風」とは、山の斜面が温められることによってできる暖かい上昇気流のこと。日本の春風で先ず挙がるのは「春一番」。春一番が、東西関係なく南寄りの風であることを考えると、東風を春に位置付けたのは中国古典の影響か。
万葉集には、大伴家持の和歌で
東風いたく吹くらし奈呉の海人の 釣りする小船漕ぎ隠る見ゆ
もあり、ここでは「東風」を「あゆのかぜ」と読ませ、注釈に「越の俗語」とある。「あゆ」は「あえ(饗)」の転訛と考えられ、豊穣をもたらす風との認識があったと考えられる。
ただし、「東風」を「あい」「あゆ」「あえ」と読めば夏の季語。通常は「あいの風」と表現する。
【東風の俳句】
夕東風や海の船ゐる隅田川 水原秋桜子
強東風に群れ飛ぶ荒鵜室戸岬 松本たかし