三夏の季語 鮓
「鮓」は漬魚が元で、「鮨」は魚醤が元になっていると考えられているが、平安時代には既に「鮓」と「鮨」に明確な区分はなくなっていた。ただ近世になると、「なれずし」には「鮓」が使われ、握り鮨が中心となる酢飯の「すし」には「鮨」が使われる傾向が表れた。よって江戸時代には、その食文化の違いから、江戸では「鮨」が、上方では「鮓」が、「すし」の文字として定着していった。
語源は「酸し」である。
現代では「寿司」と表記することが一般的であるが、これは、江戸時代に縁起担ぎでめでたい文字を用いたことが始まりである。俳句においてはあまり用いない。
すしの起源は、東南アジアの山地民の魚肉保存食との説がある。中国最古の類語辞典である「爾雅」に「鮨」の字があり、これは、魚の塩辛のようなものだったと考えられている。
日本における「すし」は、「なれずし」に始まったと考えられており、奈良時代には朝廷への貢納品ともなった。その中心は、鮎や鮒の「なれずし」であったが、十七世紀には、酢を用いた調理法も考案された。そして、十九世紀の江戸に握り鮨(江戸前寿司)が登場し、大人気となって全国に広がって行った。
「すし」は夏の季語となっているが、これは、「なれずし」が夏のはじめに漬け込まれ、夏の終わりに旬を迎えることに由来する。よって厳密に言えば、夏の季語となる「すし」は、「なれずし」としての「鮓」を使用するべきである。「鮨」の季節は、鮨種に依存すると言える。
「早鮓」は、塩か酢で締めた魚と、酢飯とを重ねて押しをして一晩味をならして作る鮨のことで、「一夜鮨」とも言う。「早鮨」とすれば、江戸前の握り鮨の異称でもある。
【鮓の俳句】
夕立や鮓売る男しとゞなる 寺田寅彦
鮓桶の塗美しき燈下かな 星野立子