日野草城 ●
冬の月寂寞として高きかな 季枕べにことしの春は立ちにけり 季春の灯や女は持たぬのどぼとけ 季ふりあふぐ黒きひとみやしやぼん玉 季万愚節妻の詐術のつたなしや 季人酔うて浴衣いよいよ白妙に 季ところてん煙のごとく沈みをり 季くれなゐをみどりを籠めて花氷 季ものの種にぎればいのちひしめける 季けふよりの妻と来て泊つる宵の春 季 (ミヤコホテル)夜半の春なほ処女なる妻と居りぬ 季 (ミヤコホテル)枕辺の春の灯は妻が消し 季 (ミヤコホテル)をみなとはかかるものかも春の闇 季 (ミヤコホテル)薔薇にほふはじめての夜のしらみつつ 季 (ミヤコホテル)妻の額に春の曙はやかりき 季 (ミヤコホテル)麗らかな朝の焼麺麭はづかしく 季 (ミヤコホテル)湯あがりの素顔したしく春の昼 季 (ミヤコホテル)永き日や相触れし手はふれしまま 季 (ミヤコホテル)失ひしものを憶へリ花曇 季 (ミヤコホテル)水かへて水仙影を正しけり 季初春や眼鏡のままにうとうとと 季初空や一片の雲耀きて 季大服茶やひとのなさけにながらへて 季初鏡娘のあとに妻坐る 季次の間に妻の客あり寝正月 季夜長寝てその後の雁は知らざりき 季物の種にぎればいのちひしめける 季白々と女沈める柚湯かな 季薫風の素足かゞやく女かな 季青雲と白雲と耀り麦の秋 季荒梅雨の降れば必ず人死ぬる 季わがいのちいよよさやけし露日和 季焼芋や月の叡山如意ヶ嶽 季凛々と目覚時計寒波来 季わが机眠る比叡を硯屏に 季あけぼのの白き雨ふる木の芽かな 季春昼や炊煙あぐる奈良ホテル 季春の蚊に鳴き寄られたる面輪かな 季風立ちぬ深き睡りの息づかひ 季思ふこと多ければ咳しげく出づ 季一点が懐炉で熱し季節風 季わが詩や真夜に得てあはれなりにけり 季うしみつにわが咳き入りて妻子覚む 季燃え出づるあちらこちらの花篝 季こひびとを待ちあぐむらし闘魚の辺 季くれなゐを籠めてすゞしや花氷 季火の色の透りそめたる潤目鰯かな 季朝な朝な南瓜を撫しに出るばかり 季白酒の酔のほのめく薄まぶた 季晩霜や生ける屍が妻を叱る 季栴檀の花のさかりの睡き昼 季清貧の閑居矢車草ひらく 季人知れぬ花いとなめる茗荷かな 季ウエートレス昼間は眠しアマリリス 季いちはつや親にやさしく古娘 季煮る前の青たうがらし手に久し 季じやがいもの花のさかりのゆふまぐれ 季そのかみの恋女房や新豆腐 季疲れたる紙幣を共同募金とす 季しびとばな生けて花買ふこともなし 季日あたりてぬくき素足やゆすら咲く 季撫で肩のさびしかりけり二日灸 季ボーナスを貰ひて青き芝を買ひぬ 季星移り物変りどてら古びけり 季
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