上島鬼貫(うえじまおにつら)

東の芭蕉・西の鬼貫と称された上島鬼貫

行水の捨てどころなし虫の声

▶ 上島鬼貫の俳句

 上島鬼貫年譜(旧暦8月2日 鬼貫忌)
1661年 万治4年 旧暦4月4日、摂津国川辺郡伊丹郷(兵庫県伊丹市)(*1)に生まれる。
1674年 延宝2年 松江重頼(維舟)に入門。(*2)
1686年 貞享3年 医学を志し大坂に出る。
1718年 享保3年 「獨言(ひとりごと)」を刊行し、「まことの外に俳諧なし」の境地に至る。
1738年 元文3年 旧暦8月2日、大坂鰻谷(大阪市中央区鰻谷)にて死去。享年78。墓所は大阪市天王寺区の鳳林寺、伊丹市の墨染寺。
*1 幼名は竹松。与惣兵衛、利左衛門。藤原宗邇(ふじわらむねちか)と名乗った時期もある。晩年は平泉惣右衛門と名乗る。伊丹有数の酒造業者・上島宗次(屋号・油谷)の三男として生まれた。
*2 後に談林派に入門する。蕉門の広瀬惟然や八十村路通などとも親交があり、彼らを通じ松尾芭蕉とも親交を持つ。