晩春の季語 藤
マメ科フジ属のつる性落葉木本。つるが右巻きの藤を「フジ(ノダフジ)」、左巻きの藤を「ヤマフジ(ノフジ)」といい、共に日本固有種。4月から5月に花を咲かせる。
花序は垂れ下がり、上から下へと咲いていく。 藤の花が、春風にそよぐ様は「藤浪」という。
藤の成長は早く、絡みついた宿主を枯らしてしまうことがあり、嫌われることもある。藤の葉は、太陽光が強いときには、身を守るために閉じる。
古来親しまれてきた藤は、生活の様々なところに利用されてきた。花を天ぷらにして食すほか、蔓を椅子に利用したり紙にしたりする。また、和弓は藤蔓を巻き付けることによって仕上げる。
聖徳太子の冠位十二階では、最高の官職に藤色をあてた。枕草子では「めでたきもの」として、「色あひ深く花房長く咲きたる藤の花、松にかかりたる」を、唐錦・飾り太刀・作り仏のもくゑに次いで挙げている。「藤」は女性の象徴とされ、男を象徴する「松」とともによく描かれている。
古事記の時代から文学に現れ、「秋山の下氷壮夫と春山の霞壮夫」の挿話がある。女神との結婚を賭けた下氷壮夫と霞壮夫の話で、霞壮夫の母が藤蔓で服や道具を仕立ててやると花を咲かせ、女神と結婚できたという話である。
万葉集では「藤浪」として詠み込まれることが多く、大伴四綱は
藤波の花は盛りになりにけり 奈良の都を思ほすや君
と歌っている。
中臣鎌足は、天智天皇から藤原朝臣姓を与えられ、名門藤原氏が生まれる。藤原の名は、鎌足の生地である大和国高市郡藤原にちなむ。藤原姓は全国に広がり、そこから佐藤・伊藤・斎藤など、様々な「藤」を持つ姓が分化した。
「藤」の漢字は、つるが上によじ登る草を表している。「ふじ」には、「伏(ふ)しつつ迸る(ち)」の意味があるとも言われる。
藤の名所には、ノダフジの命名のもととなった大阪市福島区野田や、藤原氏の氏神である春日大社などがある。東京では、亀戸天神社の藤棚が有名。
【藤の俳句】
草臥れて宿借るころや藤の花 松尾芭蕉