三春の季語 陽炎
風が弱く日差しが強い日には、大地からの蒸気で、遠くのものが揺らいで見える。「陽炎」は、春に限られた現象ではないが、春の陽気を酌んで春の季語とする。また、「かぎろひの」は、「春」「あるかなきか」などに掛かる枕詞でもある。
古くは、揺れながら輝くもの全てを「かぎろひ」と表現しており、「輝く火(陽)」の意であった。「陽炎」はそれが限定的になったものである。そのため、カゲロウやトンボのような光を反射する羽を持った昆虫を、「かげろう」と言うこともある。
俳諧歳時記栞草では、「篗纑輪」(1753年千梅)の引用で、「陽炎」と「糸遊」を同じものだとしながらも、「春気、地より昇るを陽炎或はかげろふもゆる」「空にちらつき、又降るをいとゆふ」と言っている。
万葉集には、柿本人麻呂の和歌
東の野に炎の立つ見えて かへり見すれば月傾きぬ
があるが、この炎(かぎろひ)は、東の空が赤くなって明けていく様を言っている。万葉集ではこの他にも
今さらに雪降らめやもかぎろひの 燃ゆる春へとなりにしものを
とも歌われている。
陽炎は、直進する光線が、空気の密度が異なる場所で、密度のより高い方へ傾くために起こる現象である。この揺らぎを「シュリーレン現象」と呼ぶ。同じメカニズムで発生するものに「蜃気楼」があり、こちらも春の季語となっている。
【陽炎の俳句】
入かゝる日も糸ゆふの名残かな 松尾芭蕉
陽炎や昔し戀せし道の草 夏目成美