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杉田久女 

月の輪をゆり去る船や夜半の夏 
秋の夜やあまへ泣き居るどこかの子 
花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ  (ホトトギス)
ぬかづけばわれも善女や仏生会 
岐阜提灯庭石ほのと濡れてあり 
遊船のさんざめきつつすれ違ひ 
杉くらし仏法僧を目のあたり 
よそに鳴る夜長の時計数へけり 
白萩の雨をこぼして束ねけり 
わが傘の影の中こき野菊かな 
笑み解けて寒紅つきし前歯かな 
わが歩む落葉の音のあるばかり 
谺して山ほととぎすほしいまゝ 
新茶汲むや終りの雫汲みわけて 
摘み摘みて隠元いまは竹の先 
平凡の長寿願はず蝮酒 
雛菓子に足投げ出せる人形たち 
東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪 
春雷や俄に変る洋の色 
鳥雲にわれは明日たつ筑紫かな 
茄子もぐや日を照りかへす櫛のみね 
身の上の相似て親し桜貝 
風に汲む筧も濁り花の雨 
橡の実のつぶて颪や豊前坊 
三山の高嶺づたひや紅葉狩 
秋来ぬとサファイア色の小鯵買ふ 
仰ぎ見る大注連飾出雲さび 
逢ふもよし逢はぬもをかし若葉雨 
菱の花引けば水垂る長根かな 
柚の花の香をなつかしみ雨やどり 
寂しがる庵主とありぬ唐菖蒲 
不知火の見えぬ芒にうづくまり 
葉がくれの星に風湧く槐かな 
濃竜胆ひたせる渓に櫛梳り 
病める手の爪美しや秋海棠 
奉納のしやもじ新らし杉の花 
すぐろなる遠賀の萱路をただひとり 

『中古』花衣ぬぐやまつわる…(上) わが愛の杉田久女 (集英社文庫)
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「初版発行日」1990/06/20 「著者」田辺 聖子 (著) 「出版社」集英社 【KSC】