枯草(かれくさ・こそう)

三冬の季語 枯草

草枯る(くさかる)

季語「草枯(くさかれ)」は秋のことを言うが、枯草は冬の季語になる。曲亭馬琴の俳諧歳時記栞草に「枯草の露」は、秋之部に分類され、「枯野・枯草は冬なれども、露をむすびては秋なり」とある。


▶ 関連季語 秋草(秋)

枯草原白猫何を尋ねゆくや  石田波郷
枯草の一すぢ指にまきてはとく  横山白虹

インターネット歳時記

柳(やなぎ)

晩春の季語 

風見草(かざみぐさ)・遊び草(あそびぐさ)

季語日本で柳と言えば、主にシダレヤナギを指す。これは中国原産で、奈良時代に渡来した。雌雄の区分があり、日本で見られるもののほとんどは雄株。落葉性で、秋の終わりに一気に葉が散る。春には、葉をつけて、雌株は柳絮という綿毛を生じて実を飛散させる。

河畔に多く見られるのは、柳が水気の多い土地を好むことと、洪水で流されたものが茎伏せで繁殖したためである。また、生命力が強いことから、水害防止に水際に植えられてきた結果でもある。有名な「銀座の柳」も、同時に植えられた桜や松が、水害で枯死した結果残ったと言われている。
このようにシダレヤナギは、古くから街路樹として用いられてきた。これは、悪鬼を遠ざけるために植えられていた長安がモデルとなっており、長安を模して街づくりが行われた名残でもある。明治以降、桜がより好まれるようになるまで、街路樹と言えば柳であり、柳を取り上げた句も数多い。
しかし日本では、いつしか、シダレヤナギの枝を伝って霊が降りてくると言われるようになった。一般には、その佇まいが幽霊を連想させるからだと言われている。

ヤナギの漢字表記には「柳」と「楊」があり、枝が垂れ下がるシダレヤナギには「柳」、枝が立ち上がる種類には「楊」の字を当てる。万葉集では両方使われているが、明確な区分がなされているかは定かでない。次の歌は作者不詳の東歌。

楊奈疑こそ伐れば生えすれ世の人の 恋に死なむをいかにせよとぞ

「ヤナギ」の語源は「矢の木」であり、むかしは柳で矢が作られていた。

ほんのりと日のあたりたる柳哉  志太野坡

インターネット歳時記

枯野(かれの)

三冬の季語 枯野

枯れ野(かれの)

季語草木の枯れはてて荒涼とした原野は、郷愁を誘う。「枯野」の句で最も有名なのは、事実上の芭蕉の辞世とも言われる「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」だろう。芭蕉があこがれた西行には、

朽ちもせぬその名ばかりをとどめおきて 枯野の薄かたみにぞ見る

という中将実方を弔った歌がある。「奥の細道」の道中で笠島に入った芭蕉は、同じように中将実方の塚を訪ねようとしたが、雨がひどくて疲れもあって、遠くから眺めたと記している。

古代において「枯野」と言えば船の名である。古事記(仁徳記)と日本書紀(応仁紀)と、記述に違いは見られるが、いずれも枯野という名の優れた船があったことが書かれている。そして、その船が使えなくなった時、塩を焼いて、焼け残りで琴を作ったとある。その時に、

枯野を塩に焼き其が余り琴に作り掻き弾くや 由良の門の門中の海石に振れ立つ浸漬の木のさやさや

という歌が歌われている。日本書紀の記述を辿れば、枯野は伊豆の軽野(狩野)から贈られた船だと想像できる。
この船名の枯野は恐らく「狩野」の転訛だと思われるが、本来「枯」は、「刈」「狩」に通じる言葉である。

旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる  松尾芭蕉
吾が影の吹かれて長き枯れ野かな  夏目漱石

インターネット歳時記

草の穂(くさのほ)

三秋の季語 草の穂

草の絮(くさのわた)穂草(ほくさ)

季語イネ科やカヤツリグサ科の中の「草」と呼ばれる雑草は、秋に穂を出すものが多い。その穂は花であり実となるが、やがて綿状になって飛散するものもある。綿の中には種子が含まれ、翌年発芽して勢力を伸ばす。

草の穂の埃やあれもこれも過ぎ  加藤楸邨
穂草立つ墳も刈田も雨の音  水原秋桜子

インターネット歳時記

瀧(たき)

三夏の季語 

滝(たき)瀑布(ばくふ)

季語国土地理院の定義によると、瀧とは、「流水が急激に落下する場所で落差が5メートル以上、常時水が流れているもの」。形状によって分類がなされており、直瀑や分岐瀑、段瀑、海岸瀑などがある。日本三大名瀑として有名な瀧もあるが、那智滝・華厳滝の2瀑以外は、袋田の滝や白糸の滝が挙げられるなど、定まっていない。

瀧が夏の季語となったのは、近世になってからだと言われている。芭蕉に「しばらくは瀧に籠るや夏の初め」があり、瀧から涼を連想させることはあり、「夏」とゆるく結びついていた。曲亭馬琴の俳諧歳時記栞草では、瀧のそばに造る殿舎を「滝殿」として夏之部六月に分類している。実際に、梅雨や台風の影響で最も水量が多くなり、瀧の力が最大になるのは夏季であり、夏の季語となるのに不備はない。
因みに、水量が最小になる冬には「涸滝」の季語がある。

万葉集にも多くの「瀧」が詠まれているが、この頃には、急流を「瀧」と表現した形跡がある。大石蓑麻呂は、安芸国の長門島で

石走る瀧もとどろに鳴く蝉の 声をし聞けば都し思ほゆ

と歌っている。「たき」の語源も、急流を指す「たぎつせ」、つまり「滾る」であると言われている。
また、万葉集には瀧を垂水(たるみ)と呼んだ歌も掲載されており、こちらの方が、現在の「瀧」を指すのではないかと言われている。いずれも「石走る」の枕詞を伴う。
その内の一首、詠み人知らずのこの歌、

命をし幸くよけむと石走る 垂水の水をむすびて飲みつ

のように、瀧の水には霊力があると信じられており、瀧の水を飲んで若返ったという伝説も各地に残る。
「後漢書」党錮伝に、黄河上流にある竜門を登りきった鯉は竜になるという。「鯉の瀧登り」の語源である。

瀧落ちて群青世界とどろけり  水原秋桜子
酒のみに語らんかゝる瀧の花  松尾芭蕉

インターネット歳時記

雪女(ゆきおんな)

晩冬の季語 雪女

雪女郎(ゆきじょろう)

季語雪の妖怪で、「ユキムスメ」「ユキオンバ」「ユキオナゴ」などと呼ばれることも。「宗祇諸国物語」(西村市郎右衛門:1685年)には、宗祇の越後滞在時に雪女に遭遇したとの記述がある。その時の雪女は、背丈1丈(約3メートル)、二十歳たらずの色白の美女だったとのこと。春先に雪女はおかしいだろうと宗祇が言うと、花や木の葉が散り時に美しいのと同じようなものだとの返答を得た。

雪女の伝説は、日本各地に残り、いずれも哀調を帯びる。代表的なものには、氷柱が雪女になったというのがあり、嫁にした男が風呂に入れると消えてしまったという伝説がある。
また、雪女は人間の精気を奪うとも言われ、雪女の呼びかけに対して返事をしないと、谷底へ突き落されるとも、凍死させられるともいう。吹雪の晩に子供(雪ん子)を抱いて立つ雪女に子守を頼まれると、その子はどんどん重くなり、終いに雪に埋もれて凍死する。

小泉八雲の怪談「雪女」は、西多摩郡調布村の伝承をもとにしたもの。雪の晩に雪女に殺されなかった樵が、知らずに雪女と結婚し、その正体を知ってしまう物語である。

雪女この世の人は嘘を言う  蝦名石蔵
雪女こちふりむいてゐたともいふ  長谷川素逝



『中古』怪談 小泉八雲のこわーい話〈5〉雪女・その他三編
5989円(税込/送料別)
カード利用可・海外配送不可・翌日配送不可
「初版発行日」2004-11 「著者」小泉 八雲 (著) 「出版社」汐文社
【KSC】

【新品】【本】耳なし芳一・雪女 八雲怪談傑作集 新装版 小泉八雲/作 保永貞夫/訳 黒井
615円(税込/送料別)
カード利用可・海外配送不可・翌日配送不可
【銀行振込不可】
【ドラマ楽天市場店】

耳なし芳一・雪女 八雲怪談傑作集 新装版/小泉八雲/保永貞夫/黒井健【1000円以上
615円(税込/送料別)
カード利用可・海外配送不可・翌日配送不可
講談社青い鳥文庫 66−4
【bookfan 2号店 楽天市場店】

【店内全品5倍】耳なし芳一・雪女 八雲怪談傑作集 新装版/小泉八雲/保永貞夫/黒
615円(税込/送料別)
カード利用可・海外配送不可・翌日配送不可
講談社青い鳥文庫 66−4
【bookfan 1号店 楽天市場店】

『中古』耳なし芳一・雪女—八雲怪談傑作集 (講談社 青い鳥文庫)
4989円(税込/送料別)
カード利用可・海外配送不可・翌日配送不可
「初版発行日」1992/06/15 「著者」小泉 八雲 (著) 「出版社」講談社
【KSC】

『中古』耳なし芳一・雪女—八雲怪談傑作集 (講談社 青い鳥文庫)
4989円(税込/送料別)
カード利用可・海外配送不可・翌日配送不可
「初版発行日」1992/06/15 「著者」小泉 八雲 (著) 「出版社」講談社
【KSC】

『中古』耳なし芳一・雪女—八雲怪談傑作集 (講談社 青い鳥文庫)
5388円(税込/送料別)
カード利用可・海外配送不可・翌日配送不可
「初版発行日」1992/06/15 「著者」小泉 八雲 (著) 「出版社」講談社
【KSC】

寒木瓜(かんぼけ)

晩冬の季語 寒木瓜

季語木瓜の花は春の季語になるが、11月頃から花を咲かせる品種もあり、寒木瓜と呼ぶ。品種には「かんちどり」「かんさらさ」「しののめ」「べにぼたん」などがある。

▶ 関連季語 木瓜の花(春)

寒木瓜のほとりにつもる月日かな  加藤楸邨

インターネット歳時記

立春(りっしゅん)

初春の季語 立春

春立つ(はるたつ)春来る(はるくる)

季語二十四節気の第1。2月4日ころから2月20日ころの雨水の前日までであるが、一般的にはその初日をいう。冬至と春分の中間であり、季節の決まりごとは、この日が起点となる。立春とは言え、この頃が一年で最も寒さが厳しい。立春を境に、「寒中見舞い」は「余寒見舞い」に切り替わる。
立春は、必ずしも旧暦1月1日ではなく、立春が朔と重ならない場合は、年内に立春が2回存在するなどということもある。そのことを歌った在原元方の

年の内に春はきにけりひととせを こぞとやいはんことしとやいはん

は、古今和歌集巻第一の巻頭を飾る。

音なしに春こそ来たれ梅一つ  黒柳召波

インターネット歳時記

節分(せつぶん)

晩冬の季語 節分

豆撒き(まめまき)鬼の豆(おにのまめ)柊挿す(ひいらぎさす)

季語雑節の一つで、各季節の始まりの日の前日のことであったが、江戸時代以降は立春の前日を指すことが普通になった。この日まで大寒であり、一年で一番寒い日の最後の日となる。
2月3日が節分に定められていると認識している者も多いが、常にそうなるとは限らない。

季節の変わり目には邪気(鬼)が生じると考えられており、この日、魔除けのために「鬼は外、福は内」と唱えながら豆をまき、年の数だけ豆を食べる。豆を用いるのは、「魔滅」に通じるからでもある。
文献からは、室町時代に豆撒きの風習があったことは確実であるが、宇多天皇の代(平安時代)に始まったとの説も「壒嚢鈔」に載る。それによると、鞍馬山の奥深くに棲む「藍婆(らんば)」と「揔主(そうず)」という二頭の鬼神の企みを毘沙門天のお告げで暴き、三斛三斗の大豆を鬼の目に投げつけて退散させたとある。
また、節分には柊の枝に鰯の頭を刺した柊鰯を戸口に立てる風習もあるが、これは、聞鼻(かぐはな)という名の鬼を払うための魔除けである。
近年では、恵方を向いて無言で食すると縁起が良いと言われる恵方巻が、節分の名物になっているが、2000年以降に急速に広まったもの。大阪が発祥とも言われているが、起源は明らかではない。

半天は鳩に覆はれ節分会  鷹羽狩行

インターネット歳時記

寒夜(かんや・さむよ)

三冬の季語 寒夜

冬の夜(ふゆのよ・ふゆのよる)夜半の冬(よはのふゆ)

季語冬の夜の寒さは厳しい。現代でこそ暖房設備が整い、室内では快適に過ごすことができるようになったが、かつては、それを如何に遣り過ごすかは生きていく上での課題であった。古い句に、時代の変遷を見るのも面白い。

冬の夜や古き仏を先づ焚かむ  与謝蕪村
抱く珠の貝のあはれを聞く冬夜  中村汀女

インターネット歳時記