菖蒲(あやめ・しょうぶ)

仲夏の季語 菖蒲

花菖蒲(はなしょうぶ・はなあやめ)あやめ草(あやめぐさ)燕子花(かきつばた)

季語日本人が最も混同している植物が、アヤメとショウブ。どちらも漢字で「菖蒲」と書く。
しかし、両者は全く別の植物で、アヤメはユリ目アヤメ科、ショウブはオモダカ目サトイモ科となる。葉の形状が似ているための混同だと考えられているが、花は全くの別物。アヤメが紫や白などの大きな花弁をつけるのに対し、ショウブの花は蒲の穂のようで地味。

アヤメの名は、花弁基部の文目模様からきた名称とも言われており、本来は「文目」と表記すべきか。中国から「端午の節句」を取り入れた時に、自生していたアヤメと、行事で使用されるショウブとの混同が起こったと見られ、以降、ショウブのことを「あやめ草」と呼ぶようにもなったという。

さらに話をややこしくしているのが、中世から園芸栽培が盛んになったハナショウブの存在。ショウブと名はつくが、アヤメ科に属し、アヤメと違わぬ美しい花をつける。
因みに、アヤメ科の植物であるアヤメ・ハナショウブ・カキツバタは見分けがつきにくいが、それぞれ花弁の基部に特徴が現われる。アヤメは文目模様、ハナショウブは黄色、カキツバタは白色の斑紋が入る。また、アヤメは乾いた土地を好むのに対し、ハナショウブ、カキツバタは湿地を好む。

曲亭馬琴の俳諧歳時記栞草には、「花菖蒲」と書いて「はなしょうぶ」、「紫羅襴花」と書いて「はなあやめ」、「杜若」と書いて「かきつばた」と読ませる。菖蒲に関しては、菖蒲酒など「あやめ」と読ませるものが12項、「しょうぶ」と読ませるものが「花菖蒲」「菖蒲刀」2項である。

万葉集には「あやめぐさ」を取り上げたものが10首あまり有り、田辺福麻呂の

霍公鳥いとふ時なしあやめぐさ かづらにせむ日こゆ鳴き渡れ

のように、ホトトギスとともに歌われたものが半数を占める。当時は、5月5日にショウブを束ねて頭に巻いていたと見える。

ショウブは、本来「白菖」の字があてられる。古代中国では、邪気の満ちると言われた5月に、葉の形が刀に似て、邪気を払うと考えられた芳香がある菖蒲を用い、「女性の節句」と言われた「菖蒲の節句」を祝った。それが日本に伝わる中で「尚武」に通じ、「男の子の節句」に変わったという。

あやめ草足に結ん草鞋の緒  松尾芭蕉

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苔の花(こけのはな)

仲夏の季語 苔の花

季語維管束のない植物・蘚苔類のことを一般にコケと呼ぶが、鑑賞用に用いられるのは苔類。コケにもいろいろな種類があり、苔寺などでよく見られるのは、スギゴケ、ヒノキゴケ、シラガゴケ。
コケは、はじめて地上に上陸した植物。約5億年前に上陸したコケは、空中の酸素量の増加に寄与した。
コケは、薄暗い湿気の多い環境を好むと考えられているが、苔類は乾燥にも意外と強い。また、光合成を行うため、光を必要とする存在でもある。
「苔の花」と呼ばれるものは、苔類の胞子嚢である蒴のこと。春か秋に蒴が見られる種類が多い。このところの苔ブームで、特に人気が高いのは「タマゴケ」の蒴で、その目玉おやじのような姿は、「たまちゃん」の名で親しまれている。

日本において苔は、古くから悠久の時を刻むものとして親しまれており、万葉の時代から「苔生す」の表現がよく使われている。特に有名なのは、「君が代」のもととなった古今和歌集の詠み人知らずの歌

我君は千世に八千世にさゝれ石の 巌となりて苔のむすまで

であろう。

苔咲くや親にわかれて二十年  村上鬼城

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蛍(ほたる)

仲夏の季語 

ほたる

季語中国では、草が腐って蛍になると言われており、腐草(くちくさ)とはホタルのことである。晋の政治家・車胤は、生家が貧しく、灯火の油が買えなかったので、蛍の光で書物を読んだ。このことは、雪明りで勉強した孫康とともに「蛍雪の功」の故事となり、日本では「蛍の光」の唱歌になった。

日本で主に見られる蛍は、ゲンジボタルとヘイケボタル。ゲンジボタルはヘイケボタルより大型で、5月から6月頃の清流で、光る様子が見られる。一方ヘイケボタルは、田圃など比較的身近なところで発生し、4月から10月頃見られる。秋蛍の季語になるのはヘイケボタルの方で、弱々しい光が、より郷愁をさそう。

ホタルの語源については諸説あるが、「ホ」は「火」、「タル」は「垂れる」「照る」だという説が有力。古くから親しまれてきた昆虫で、死者の霊魂とされることがある。万葉集巻十三の作者不詳の長歌は、「ほのか」の枕詞として「蛍なす」という詞に現れ、帰らぬ夫を待つ歌になっている。
源氏物語第25帖「蛍」には、玉鬘の歌として

声はせで身をのみこがす蛍こそ いふよりまさる思ひなるらめ

が載る。
なお、ゲンジボタルには、平家打倒を果たせず宇治川の戦いに散った、源頼政の無念が乗り移っていると言われている。後に平家打倒を果たした源氏であるが、敗れた平家に見立てて、小さい方をヘイケボタルと呼んだとも。源頼政の辞世は

埋木の花咲く事もなかりしに 身のなる果はあはれなりける

である。

たましひのたとへば秋のほたるかな  飯田蛇笏
おおかみに蛍が一つ付いていた  金子兜太

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葵(あおい)

仲夏の季語 

立葵(たちあおい)

季語アオイ目アオイ科の植物には、タチアオイ、ムクゲ、ハイビスカス、フヨウのほか、オクラやワタにいたるまで、多くの種類がある。日本には、タチアオイが薬用として古くから渡来していたと考えられている。万葉集にはよみびと知らずの歌として、

梨棗黍に粟つぎ延ふ葛の 後も逢はむと葵花咲く

がある。また、新古今和歌集では式子内親王が、

忘れめやあふひを草に引き結び かりねの野べの露のあけぼの

と歌ったが、ここでは「葵=あふひ」を「逢う日」に掛けている。
尚、葵の語源は、「仰ぐ日」である。これは、太陽に向かって花を咲かせるところから来ている。徳川家の家紋は「葵の御紋」と呼ばれ、三つ葉葵で知られている。

葵草むすびて古きあそびかな  三浦樗良

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紫陽花(あじさい)

仲夏の季語 紫陽花

七変化(しちへんげ)

季語日本に自生するガクアジサイが、アジサイの原種。一般的に見られる「手まり咲き」のものは、ヨーロッパで品種改良されたセイヨウアジサイ。萼が発達した装飾花を持ち、花と呼ぶ部位は通常の花と異なる。万葉集にはすでに「あじさい」として登場し、

言問はぬ木すら紫陽花諸弟らが練りのむらとにあざむかえけり  大伴家持

紫陽花の八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ  橘諸兄

の2首が見える。
語源は、藍色が集まったものを意味する「あづさい(集真藍)」にあるとする説がある。「紫陽花」は、白居易が別の花に付けた名で、平安時代の学者源順がこの漢字をあてたことから、誤って広まったと言われている。シーボルトは「日本植物誌」の中で「オタクサ」と命名したが、これは、彼の日本人妻であるお滝さんへの愛情が絡むと考えられている。

あぢさゐや仕舞のつかぬ昼の酒  岩間乙二

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