カテゴリー: 初夏
季語|筍(たけのこ・たかんな)
初夏の季語 筍
イネ科タケ亜科タケ類の若芽・筍は夏の季語。これを食す習慣は、主に中華圏のものである。しかし、日本でも古くから食されていたことが知られており、古事記にも記載がある。
それは「黄泉の国」の項。黄泉醜女(よもつしこめ)に追われた伊耶那岐(いざなぎ)が、湯津爪櫛(ゆつつまぐし)を投げ捨てたところに笋(たかむな)が生じたとある。黄泉醜女がそれを抜いて食べている間に、伊耶那岐は逃げた。
古くは、古事記に見るように「たかむな・たかんな」の表現が一般的だったが、これは「竹の菜」の転訛などと言われている。
食材としては、地上に稈が出現する間際のものを使用するのが普通。夏の季語になってはいるが、種類によって出現時期が異なる。最も代表的な孟宗竹は、3月から4月。最も美味と言われている淡竹(はちく)は、3月から5月。夏の季語に適合するものに真竹があり、これは、5月から6月にかけて出現する。
筍を題材にした和歌には、古今和歌集に載る凡河内躬恒の
今更に何生ひ出づらむ竹の子の 憂き節しげき世とは知らずや
がよく知られている。
筍の句として有名な嵐雪の「竹の子や児の歯ぐきのうつくしき」は、源氏物語「横笛」に見える薫の成長を詠んだもの。
また、古くから馴染み深い食材だけに「雨後のタケノコ」「タケノコ生活」など、慣用句も多い。
【筍の俳句】
筍や雨粒ひとつふたつ百 藤田湘子




季語|母の日(ははのひ)
初夏の季語 母の日
母の日は世界各国で祝われるが、国によって日程は異なる。日本では5月の第2日曜日であるが、これはアメリカに倣っている。
アメリカ独立戦争時代の社会活動家アン・ジャービスは、「母の仕事の日」を提唱した。その娘アンナ・ジャービスは、母の死後2年目の初めての日曜日である1907年5月12日に、白いカーネーションを教会に捧げた。これがアメリカにおける母の日の起源となり、翌年は、命日に最も近い日曜日に、白いカーネーションを持ち寄って盛大に祝われた。この1908年5月10日が、「母の日」の始まりである。
白いカーネーションは、アン・ジャービスが最も好んだ花である。故に、カーネーションが母の日のシンボルとなった。
日本においては、1913年に、青山女学院で母の日礼拝が行われたのが最初。その後、青山女学院院長を務めたファニー・ウィルソンの働きかけで、1932年に日本で初めて公式行事として祝われている。1937年5月8日には、森永製菓が豊島園で「森永母の日大会」を開催したことで、キリスト教関係者以外にも母の日を祝う文化が広まった。
アンナ・ジャービスの提案で、母親が健在の場合は赤いカーネーション、鬼籍に入った場合は白いカーネーションを贈るようになったという。
赤いカーネーションの花ことばは「真実の愛」「母への愛」、白いカーネーションの花ことばは「純粋な愛」「私の愛は生きています」。
【母の日の俳句】
母といふ枷なき母の日を旅に 稲畑汀子
季語|五月(ごがつ・さつき)
季語|端午(たんご)
初夏の季語 端午
五節句の一つで、端午の節句、菖蒲の節句とも呼ばれる。かつては旧暦5月の最初の午の日を祝っていたが、現在では5月5日に行われ、国民の祝日「こどもの日」となっている。
「端」は始めの意味。男の子の初節句に当たり、「初節句」で夏の季語ともなる。
元は女性の節句で、中国では五月の邪気を払うために、香りの強い菖蒲を用い「菖蒲の節句」ともなった。それが日本では「尚武」に通じ、男児の節句となった。
▶ 関連季語 鯉幟(夏)
【端午の俳句】
孫六が太刀の銘きる端午かな 田川鳳朗
季語|鈴蘭(すずらん)
初夏の季語 鈴蘭
君影草(きみかげそう)
キジカクシ科スズラン属の多年草。4月~6月に花を咲かせるため、夏の季語となる。全草に毒を持ち、ギョウジャニンニクと似ているために、誤食による中毒例が複数件報告されている。
東北・北海道に自生する在来品種があり、君影草(きみかげそう)とも呼ばれるが、観賞用に栽培されているもののほとんどは、これよりも花が大きく香りも強いドイツスズランである。その香りを好きな人に嗅がせたなら、振り向いてくれるとの言い伝えがある。
5月1日は、スズランの日である。フランスには、愛の日である5月1日に、「幸福の訪れ」の花ことばを持つスズランを贈る習慣がある。そのフランスに生まれたクリスチャン・ディオールはスズランを愛し、人生の最後に、スズランにインスパイアされた香水ディオリッシモ(Diorissimo)を完成させた。
【鈴蘭の俳句】
すずらんの小鈴ふれあふ程の風 宮野尚子
季語|鯉幟(こいのぼり)
初夏の季語 鯉幟
幟(のぼり)・吹流(ふきながし)・矢車(やぐるま)・五月鯉(さつきごい)
「皐幟(さつきのぼり)」「鯉の吹き流し」ともいう。鯉幟を上げることは、江戸時代中期に始まった日本独自の風習。
5月5日の「菖蒲の節句」に、武家は武運長久を祈り、玄関に旗指物を掲げた。対抗して商人が掲げた吹流しに、「竜門」の故事に因む鯉を描いたものが、現在の鯉幟につながっている。
本来は旧暦の行事であったため、鯉幟が泳ぐのは梅雨空であることが多かった。一番上に飾る五色の吹流しは、万物は木・火・土・金・水で形成されているとされる中国の五行説に由来し、魔よけの役割を果たす。
現在では、全国各地で鯉幟の川渡しが行われているが、その発祥地は、四万十川のある高知県高岡郡四万十町。
【鯉幟の俳句】
風吹けば来るや隣のこいのぼり 高浜虚子
矢車の金の暗さよ昼の酒 石川桂郎
季語|苺(いちご)
初夏の季語 苺
狭義には、バラ科オランダイチゴ属オランダイチゴのことで、古来自生しているキイチゴ属やヘビイチゴ属に分類される「ノイチゴ」とは区別する。この近代栽培イチゴは、18世紀にオランダの農園で、北米産のバージニアイチゴとチリ産のチリイチゴの交雑によって作られた。
俳諧歳時記栞草には「覆盆子(いちご)」が夏之部に見えるが、これはノイチゴのことである。
日本には、江戸時代にオランダより持ち込まれた。戦後盛んに栽培されるようになり、栽培技術も発達したため、年中店頭に並ぶようになった。しかし、夏場の収量は少なく、ほとんどが輸入もの。
苺といえば夏の季語であるが、クリスマスでの活躍や、春のイメージが強いのではないだろうか。実際に、11月から4月には温室栽培され、3月頃に出荷量がピークを迎える。かろうじて夏と言える5月には、露地物の苺が出回るが、出荷量はピーク時の半分に過ぎない。ただし、太陽をいっぱいに浴びて育ったこの初夏の苺にこそ、本来の味わいがある。
現代社会の高級志向により、品種改良合戦とも言える状況になっており、その結果「とよのか」「とちおとめ」など、大粒でより甘いものが生産されるようになった。
【苺の俳句】
ほろほろと手をこぼれたるいちごかな 正岡子規
季語|風薫る(かぜかおる)
初夏の季語 風薫る
初夏の風は、花や草の香りを含んで爽やか。「風薫る五月」ともいう。
「風薫る」は「薫風」からきており、「円機活法」に、転結を柳公権に任せた唐文宗の詩がある。
人皆苦炎熱
我愛夏日長
薫風自南来
殿閣生微涼
皇帝が、夏の暑さに苦しむ中にも夏を愛でるという詩であり、後に蘇東坡が民衆側に立って批判したが、大慧禅師はこの詩から悟りを得たという。煩悩を捨て去った境地を「薫風」に見たのである。
日本においては俳諧で好んで使われ、夏の季語として定着したが、鎌倉時代の和歌に散見されるものはやや違う。続拾遺集には藤原良教の
風かをる木のした道は過ぎやらで 花にぞくらす志賀の山越
が載る。これは、藤原定家の
袖の雪空ふく風もひとつにて 花ににほへる志賀の山越
に対応するように、春の歌としての位置付けである。
【風薫るの俳句】
風薫る羽織は襟もつくろはず 松尾芭蕉
国なまり故郷千里の風かをる 正岡子規



