カテゴリー: 初夏
季語|柏餅(かしわもち)
初夏の季語 柏餅
5月5日の端午の節句に供物とする、柏の葉で餡餅を包んだ和菓子。柏の葉は、新しい葉が茂るまでは枯れ葉が落ちないことから、子孫繁栄の願いが込められる。
柏餅は江戸時代中期に関東で生まれたもので、関西では柏の葉が入手しにくかったことから、猿捕茨(さるとりいばら)の葉で代用される。因みに、俳諧歳時記栞草(1851年)では「畿内には、さのみ用ひぬ事なり」とある。
「かしわ」は本来、ブナ科のカシワを指す「槲」の文字が当てられるべきであり、俳諧歳時記栞草にも「槲餅」とあるが、現在では専ら、ヒノキ科のコノテガシワを指す「柏」が使われるようになった。
「かしわ」の語源には、「炊葉(かしきは)」があり、元は、食べ物を包むのに使われた葉のことを指した。
【柏餅の俳句】
てのひらにのせてくださる柏餅 後藤夜半
季語|芥子の花(けしのはな)
初夏の季語 芥子の花
地中海地方原産の、ケシ科ケシ属の一年草。ポピーとも呼ばれるヒナゲシとは区別する。また、「芥子」は「からし」とも読み、芥子菜をも指す。これは、その細かさで「芥子粒」ともよばれる種子が似ているためである。
日本へは室町時代に伝来したと見られるが、アヘンやモルヒネの原料となるため、現代ではあへん法で栽培が禁止されている。一部、薬などの研究のために栽培されることもあるが、栽培許可を受けて厳重に管理しなければならない。
芥子の草丈は1~2メートル、5月に紅・白・紫の花をつける。花が散ると、鶏卵大の芥子坊主をつけるが、この芥子坊主は、晩夏の季語になっている。
現代では見る事も叶わず、俳句に詠み込むにしてもヒナゲシやオニゲシを見ながら空想の世界に遊ぶしかないが、江戸時代の俳諧歳時記栞草では「罌粟の花」として、夏之部四月に分類され、以下のようにある。
時珍曰、一名象穀、一名米嚢、一名御米。其実の形、罌子(あうし)の如し。其米、粟の如し。乃ち穀に象て供御とすべし。故に諸名あり。秋種え、冬生ず。わか苗、蔬になして食ふ、甚佳し。葉、白苣の如く、三四月、薹を抽で、青苞を結ぶ。花ひらくときは、苞脱す。花、四弁、大きささかづきの如し。罌は花中にあり、しべこれをつつむ。花開て三日、即ち謝(わり)て罌、茎の頭にあり。長さ一二寸、大さ馬兜鈴の如し。上に蓋あり、下に蔕あり、宛然として酒罌の如し。中に白米あり、極めて細し。其花、変態常にあらず。白き者、紅の者、粉紅の者、杏黄の者、半紅の者、半白の者、故に麗春といひ、賽牡丹といふ。又錦被花といふ。
ここに、麻薬としての記述はない。なお、「罌」は甕のことである。
【芥子の花の俳句】
散り際は風もたのまずけしの花 宝井其角
散時の心安さよけしの花 越智越人
季語|筍飯(たけのこめし)
初夏の季語 筍飯
筍ご飯(たけのこごはん)
筍を使った炊き込みご飯を、筍飯という。
江戸時代には、目黒は孟宗竹の名産地として知られ、目黒不動の門前町では筍料理が提供されていた。中でも筍飯は評判で、ここから庶民にも広がっていったと考えられる。
ただし、角伊勢・大黒屋・内田屋といった名の知れた料亭には、名物の筍飯よりも給仕をする妙齢の女性を目当てにする客が多かったようで、正岡子規の「病牀六尺」には、その思い出が綴られている。
子規が訪れたのは、明治27年の3月末。牡丹亭で筍飯を持ってきてくれた十七、八の女性に恋してしまった。子規は思い出に、「筍や目黒の美人ありやなし」の俳句を詠んでおり、よほど印象に残ったものと思われる。
▶ 関連季語 筍(夏)
【筍飯の俳句】
目黒なる筍飯も昔かな 高浜虚子
季語|蜜柑の花(みかんのはな)
初夏の季語 蜜柑の花
ミカン科ミカン属の落葉果樹で、主要な品種である温州みかんは、通常栽培で5月に白色の5弁の花をつける。「純潔」「清純」の花言葉を持つ。
蜜柑は、太平洋側の海辺の山の斜面に植えられることが多く、初夏に発する芳香は強い。童謡「みかんの花咲く丘」には「みかんの花が咲いている 思い出の道おかの道」と歌われており、南国出身者とってその香は、幼い日の記憶を呼び起こすものとなっている。ちなみに、作詞をした加藤省吾の出身地は静岡県で、モデルとなった伊東市宇佐美の亀石峠には、「みかんの花咲く丘」の歌碑がある。
古今和歌集には「花橘」で載り、詠み人しらずの和歌で
五月待つ花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする
がある。この和歌は伊勢物語の「花橘」にも載り、不倫の末の再会を、その香で知るという筋立てになっている。
【蜜柑の花の俳句】
この闇の香に花蜜柑咲きしこと 稲畑汀子
季語|麦秋(ばくしゅう・むぎあき)
初夏の季語 麦秋
後漢の蔡邕「月令章句」に、「百穀各以其初生為春 熟為秋 故麥以孟夏為秋」とある。つまり、穀類にとって、芽が出る時が春で、熟す時が秋となる。よって、麦にとっては初夏が秋であり、「麦秋」は夏の季語になる。
七十二候に「麦秋至」があり、6月初め頃になる。通常は冬蒔き小麦が6月に収穫されるが、小麦の栽培が最も盛んな北海道では、春蒔き小麦が主で、8月中旬に収穫される。また、秋蒔き小麦もあり、融雪と同時に発芽したものが、7月末頃から収穫期を迎える。
夫木和歌抄に源俊頼の歌として、
御園生に麦の秋風そよめきて 山郭公しのび鳴くなり
が載る。
【麦秋の俳句】
草原へ投網なげ干し麦の秋 原石鼎
青雲と白雲と耀り麦の秋 日野草城
季語|薔薇(ばら・そうび・しょうび)
初夏の季語 薔薇
バラ科バラ属。園芸種は、世界中で最も親しまれている花のひとつで、6月の誕生花ともなっている。「いばら」の転訛から「ばら」と呼ぶ。
南半球に自生するものはなく、3千万年前から北半球のみに分布していたことが分かっている。日本では西洋のイメージが強いバラであるが、ヒマラヤ周辺に発生したと考えられており、現在の園芸種のバラは、ノイバラ・テリハノイバラ・ハマナシという日本原産種の血統を引くものが多い。
1867年にフランスで作られた「ラ・フランス」以降のバラをモダンローズ、それより前のバラをオールドローズとする。
薔薇は、四季を通じて花をつけ、冬の季語として冬薔薇もある。夏に花季を迎える一季咲の薔薇は、オールドローズ系。
「ギルガメシュ叙事詩」での記述が最も古いもので、以降、人類史を彩り続けている。クレオパトラもバラを愛したと言われており、バラの香油が使われた。
日本でも古くから親しまれてきたが、古代では、花よりもむしろ棘の方を取り上げることが多い。常陸国風土記には、穴に棲む佐伯を攻撃するために、黒坂の命が茨蕀を使ったとある。そこから茨城の郡が生じ、現在の茨城県につながっている。
木下長嘯子の挙白集には、
道のべのいばらの花の白妙に 色はえまさる夏の夜の月
があるが、近世までの日本では、薔薇と言えば白い花を咲かすノイバラが主であった。
なお、「俳諧歳時記栞草」四月条には、ノイバラを指す野薔薇とともに薔蘼(しやうび・さうび)の記載がある。「白黄紅紫の数色、百葉(やえ)、八出、六出のものあり」と出ている。
歴史に名を刻むものとしては、1455年からの薔薇戦争がある。ランカスター家が赤薔薇、ヨーク家が白薔薇を記章としていたので、この名がつく。
季語|桐の花(きりのはな)
初夏の季語 桐の花
シソ目キリ科キリ属の落葉高木。中国原産。青桐とは異なるため、白桐とも表記する。5月から6月が花の見ごろであるため、夏の季語となる。
桐材は狂いが少なく虫も寄り付きにくいことから、高級箪笥などの材料となる。かつては、女子の誕生とともに植栽して、結婚する際に伐採し、嫁入り道具にした。
桐は、鳳凰の止まる木として神聖視された。そのため、五七の桐など、その木に咲く桐の花を模した紋が図案化され、高貴な紋章となった。
皇室では、嵯峨天皇の頃より菊の御紋に次ぐ位置づけにあり、豊臣秀吉にも下賜された。そのため、五七の桐は「政権担当者の紋章」という認識が定着し、近代になっては「日本国政府の紋章」となった。
また、大判・小判などに桐の紋が打たれていたところから転じて、「桐」は金銭を表す言葉にもなった。
桐は成長速度が早く、切ってもまたすぐに花を咲かせることから、キリの名前の由来は「切る」にあると言われる。
「ピンからキリまで」という言葉があるが、キリは花札の最後、12月の桐のことである。「これっきり」に掛けて、12月に桐の花を持ってきたと言われている。
姦通罪に問われるスキャンダルの渦中に発表された、北原白秋の第一歌集「桐の花」は、歌壇に衝撃を与えている。その中の一首に
桐の花ことにかはゆき半玉の 泣かまほしさにあゆむ雨かな
がある。
【桐の花の俳句】
暁をさへぎるものや桐の花 松瀬青々
季語|卯の花(うのはな)
初夏の季語 卯の花
アジサイ科ウツギ属の落葉低木にウツギがあり、5月から6月頃に白い花をつける。ウツギは「空木」と書き、茎が中空になっているところからこの名前がついた。
「卯月」に関して、十二支の4番目が「卯」であるところからきているという説があるが、十二支を使用した中国の暦では、冬至を含む月を子月とするため、卯月は旧暦の2月。そのため、卯の花が咲く頃という意味で、旧暦4月は「卯月」となったという説が有力である。
佐佐木信綱作詞の童謡「夏は来ぬ」で「卯の花の匂う垣根に~」と歌われているように、卯月は夏の始まり。卯の花は初夏を象徴する花であり、夏の季語となる。
万葉集には「卯の花」を歌ったものが24首あり、その多くに、「夏は来ぬ」で歌われるようにホトトギスが登場する。石上堅魚の
霍公鳥来鳴き響もす卯の花の 伴にや来しと問はましものを
は、ホトトギスに問いかけようとしている。卯の花と一緒に来たのかと。
また、梅雨前の長雨を「卯の花くたし」というが、これも万葉集に載る大伴家持の一首
卯の花を腐す長雨の始水に 寄る木屑なす寄らむ子もがも
からきている。ただし、八雲御抄では「春されば卯の花ぐたし我が越えし 妹が垣間は荒れにけるかも」を根拠とする。
花ことばは「謙虚」。おからのことを「卯の花」とも言うが、これはともに白色をしているところからきた。
【卯の花の俳句】
卯の花に母の写真の古りにけり 石田郷子

その年の最初に生育した新芽を摘み採ってつくったお茶のことで、