加藤楸邨 ●
鰯雲ひとに告ぐべきことならず 季 (寒雷)●しずかなる力満ちゆきばったとぶ 季青き踏む左右の手左右の子にあたへ 季恋猫の皿舐めてすぐ鳴きにゆく 季のぼり鮎すぎてまた来る蕗の雨 季だまされてをればたのしき木瓜の花 季白地着てこの郷愁の何処よりぞ 季すれちがふ水着少女に樹の匂ひ 季汗の子のつひに詫びざりし眉太く 季火取虫翅音重きは落ちやすし 季蜘蛛の子の湧くがごとくに親を棄つ 季秋の風鶏の見るもの我に見えぬ 季木曾谷の刈田をわたるひざしかな 季迎へ火や海のあなたの幾柱 季かなしめば鵙金色の日を負ひ来 季柿色の日本の日暮柿食へば 季月明やカンナは土をつとはなれ 季カフカ去れ一茶は来れおでん酒 季つぎつぎに子等家を去り鏡餅 季今は亡き子よ嚙めば数の子音のして 季春夕焼へ遠き鶴嘴そろひ落つ 季落葉松はいつめざめても雪降りをり 季木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ 季寒木瓜のほとりにつもる月日かな 季草の穂の埃やあれもこれも過ぎ 季わが咳がたたしめし冬の蝶は舞ふ 季鯉幟わが声やいつわれに湧く 季夏の風邪半月傾ぎゐたりけり 季金蠅のごとくに生きて何をいふ 季遺書封ず南風の雲のしかかり 季黴の中言葉となればもう古し 季炎昼の女体のふかさはかられず 季秋暑く水中の腹脂ぎり 季露に目ひらく積捨案山子の怒り眉 季駈けくるごと霧の電線びゆんびゆんと 季白桃の曇るがごとく泣きにけり 季猫と生れ人間と生れ露に歩す 季桑の実をつみゐてうたふこともなし 季葱切つて潑刺たる香悪の中 季だまり食ふひとりの夕餉牡蠣をあまさず 季外套の襟立てて世に容れられず 季鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる 季隠岐や今木の芽をかこむ怒濤かな 季霾るや江口の遊女探ねゐて 季田に押入り八郎潟の春氷 季青きものはるかなるものいや遠き 季梟となり天の川渡りけり 季峠くだる子胸にくるくる風車 季行く鴨にまことさびしき昼の雨 季竹秋の風立ちさわぐ壺の内 季遅き月蕗にさしゐる河鹿かな 季翅ふりて灯蛾産卵す灯のいろに 季流星やかくれ岩より波の音 季ころがされ蹴られ何見る鰤の目は 季厚氷びしりと軋みたちあがる 季吹越に大きな耳の兎かな 季伊勢海老の月にふる髭煮らるると 季うまづらかははぎ長き泣顔いかにせん 季隠岐やいま木の芽をかこむ怒濤かな 季黒南風や高炉火の舌恍惚と 季夾竹桃しんかんたるに人をにくむ 季一つづつ花の夜明けの花みづき 季馬鈴薯の花に曇りし二三日 季をだまきの花もしじまのひとつにて 季かぎりなき灯蛾のかなたの滋賀の湖 季つゆじもの烏がありく流離かな 季櫨紅葉ただうとうととねむりたし 季午過ぎて初霰せり爆音下 季除雪車に沖の鷗がたち騒ぐ 季買ひためて信濃の子等へ胼薬 季冬帽を脱ぐや蒼茫たる夜空 季武蔵野の林の朝は鶲より 季春霰打つてまぶしき牛の貌 季耕牛やどこかかならず日本海 季春の鵙濡れたる石が曇りけり 季雞の目には雞の世あらん母子草 季駒鳥や崖をしたたる露の色 季つまだちて見るふるさとは喜雨の中 季ふなびとら鮫など雪にかき下ろす 季
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