行く秋(ゆくあき)

晩秋の季語 行く秋

季語春と秋にはそれぞれに「行く~」という季語があり、季節を惜しむ。新古今和歌集に権中納言兼宗の

ゆく秋の形見なるべきもみぢ葉も 明日はしぐれと降りやまがはむ

がある。

▶ 関連季語 秋

蛤のふたみにわかれ行秋ぞ  松尾芭蕉
行く秋の我に神無し仏無し  正岡子規



火恋し(ひこいし)

晩秋の季語 火恋し

季語秋の深まりとともに、火の気が恋しくなってくる。

歩みとどめればたちまち火の恋し  檜紀代



後の月(のちのつき)

晩秋の季語 後の月

十三夜(じゅうさんや)・名残の月(なごりのつき)・豆名月(まめめいげつ)栗名月(くりめいげつ)

季語仲秋の名月から約1カ月後の陰暦9月13日夜の名月。満月の二日前に欠けた月を愛で、仲秋の名月だけを愛でることを「片見月」として忌む。仲秋の名月を芋名月というのに対し、豆名月・栗名月と呼び、豆や栗を供える。平安時代にはすでに行われていた、日本独自の風習。「十三夜に曇りなし」と言われ、晴天になることが多い。「芭蕉庵十三夜」(貞亨5年9月13日)に、「木曽の痩せもまだなほらぬに後の月」の句とともに、

仲秋の月は、更科の里、姨捨山になぐさめかねて、なほあはれさの目にも離れずながら、長月十三夜になりぬ。今宵は、宇多の帝のはじめて詔をもて、世に名月と見はやし、後の月、あるは二夜の月などいふめる。これ、才士・文人の風雅を加ふるなるや。閑人のもてあそぶべきものといひ、且つは山野の旅寝も忘れがたうて、人々を招き、瓢をたたき、峰の笹栗を白鴉と誇る。隣の家の素翁、丈山老人の「一輪いまだ満たず二分かけたり」といふ唐歌はこの夜折にふれたりと、たづさへ来たれるを、壁の上に掛けて草の庵のもてなしとす。狂客なにがし、「白良・吹上」と語りいでければ、月もひときははえあるやうにて、なかなかゆかしき遊びなりけらし。

とある。宇多天皇(887年~897年)の命ではじまった慣習であるとの見方がある。なお芭蕉は、新勅撰和歌集に載る能因法師の

さらしなや姨捨山に旅寝して今宵の月を昔みしかな

にインスピレーションを受けたか。


▶ 関連季語 名月(秋)

片付けて机つめたき十三夜  細井みち
木曽の痩せもまだなほらぬに後の月  松尾芭蕉



秋の暮(あきのくれ)

晩秋の季語 秋の暮

暮秋(ぼしゅう)・暮の秋(くれのあき)・秋暮る(あきくれる)

季語冬への移行も、秋の暮れ時をも指す秋の暮。新古今和歌集の「三夕の歌」は有名だけれども、それに先立つ後拾遺集に載る良暹法師の歌は、小倉百人一首70番。

淋しさに宿を立ち出でてながむればいづこも同じ秋のゆふぐれ

秋の暮水のやうなる酒二合  村上鬼城
この道や行人なしに秋の暮  松尾芭蕉



蔦紅葉(つたもみじ)

晩秋の季語 蔦紅葉

錦蔦(にしきづた)

季語ブドウ科ツタ属の蔦は「夏蔦」とも呼ばれ、9月から11月頃にかけて紅葉する。ウコギ科の「キヅタ」などは「冬蔦」とも呼ばれ、紅葉しない。
紅葉するという意味の「もみつ」が、平安時代以降濁音化して「もみづ」となり「もみじ」の語源になったと言われている。尚、「もみつ」は染色に関わる言葉で、「揉み出づ」のこと。ベニバナを揉んでで染め上げた絹織物のことを、紅絹(もみ)といった。「つた」の名称は、伝(つた)って伸びる性質から名づけられた。

蔦紅葉巌の結界とざしけり  大野林火



紅葉(もみじ・こうよう)

晩秋の季語 紅葉

紅葉狩(もみじがり)紅葉山(もみじやま)・もみぢ葉(もみじば)・色葉(いろは)・夕紅葉(ゆうもみじ)・谷紅葉(たにもみじ)・紅葉見(もみじみ)・観楓(かんぷう)・紅葉酒(もみじざけ)・紅葉茶屋(もみじぢゃや)・黄葉(もみじ・こうよう)黄落(こうらく)末枯(うらがれ)末枯るる照葉(てりは)

季語葉緑素がなくなりアントシアンなどの色素が蓄積して起こる、葉の赤変や黄変。代表は楓。北海道の大雪山では9月頃から始まり、九州では12月中旬ころまで見られる。色づき始めると、完全に散るまで1カ月間は紅葉を楽しむことができる。桜と同じように、日本気象協会では紅葉情報を提供しており、紅葉前線としてメディアで取り上げられる。
紅葉するという意の「もみつ」が、平安時代以降濁音化して「もみづ」となり「もみじ」の語源になったと言われている。尚、「もみつ」は染色に関わる言葉で、「揉み出づ」のこと。ベニバナを揉んでで染め上げた絹織物のことを、紅絹(もみ)といった。

この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉  三橋鷹女
黄落や或る悲しみの受話器置く  平畑静塔



柿(かき)

晩秋の季語 

柿の秋(かきのあき)・渋柿(しぶがき)・甘柿(あまがき)・熟柿(じゅくし)・西条柿(さいじょうがき)・富有柿(ふゆうがき)・次郎柿(じろうがき)・御所柿(ごしょがき)・愛宕柿(あたごがき)

季語縄文時代の遺跡から柿の種が発掘されており、日本の在来果樹の一つと考えられている柿の木は、5月の終わり頃から6月にかけて白黄色の花をつけ、秋に結実する。1214年には、川崎市で突然変異による甘柿・禅師丸が生まれ、現存する世界最古の甘柿となった。この禅師丸や、富有柿、次郎柿、御所柿などの甘柿はそのまま食することができるが、愛宕柿などの渋柿はタンニンが多く含まれており、干し柿にするなど渋抜き処理をして食す。

語源は、赤い実をつけることから「アカキ」と呼ばれ、それが転訛したものと考えられている。なお、日本の柿は、1789年にヨーロッパへ、1870年には北アメリカへ伝わり、学名は Diospyros kaki である。

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺  正岡子規
里古りて柿の木持たぬ家もなし  松尾芭蕉