晩春の季語 踏青
春の野遊びのことで、青々とした草を踏むことになるので「踏青」の語がある。元は中国にあった風習で、旧暦3月3日に、養生も兼ねて春のピクニックに興じた。
杜甫の絶句に「江邊踏青罷 迴首見旌旗 風起春城暮 高樓鼓角悲」と、春の暮の戦の起こりを詠んだものがある。
春の野遊びのことで、青々とした草を踏むことになるので「踏青」の語がある。元は中国にあった風習で、旧暦3月3日に、養生も兼ねて春のピクニックに興じた。
杜甫の絶句に「江邊踏青罷 迴首見旌旗 風起春城暮 高樓鼓角悲」と、春の暮の戦の起こりを詠んだものがある。
法然忌(ほうねんき)・弁当始(べんとうはじめ)
貴人の忌日の法会のことを「御忌」というが、俳句の世界では、特に浄土宗の開祖・法然上人の忌日に行なわれる法会のことをいい、春の季語となる。
法然上人の命日は陰暦1月25日であり、かつては陰暦1月19日から25日まで法会が行われていた。明治10年からは、4月19日から4月25日に行われている。知恩院ではこれを知恩講といい、京都の人々は弁当を持って参詣したため、弁当始といった。
法然上人の浄土宗には、「南無阿弥陀仏」と唱えることで平等に往生できるという、専修念仏の教えがある。法然上人は、建暦2年1月25日(1212年2月29日)、大谷禅房(知恩院)で亡くなった。享年80。
山の斜面に積もった雪が崩れ落ちる自然現象で、振動や気温の上昇などによって、結合していた雪の塊が崩れて発生する。積雪があるところではいつでも発生する可能性があるが、雪が融け始める春に発生しやすいと言える。
かつて表層雪崩は「あわ」、全層雪崩は「なで」などと呼ばれていたが、明治初頭に官林調査で「頽雪(なだれ)」に統一され、大正時代の末ころから「雪崩」が使われるようになった。語源は「なだれる」にあり、「傾れる」などと書き、崩れ落ちることを言った。
雪崩の初出は1076年の連歌で、前右衛門佐経仲歌合で澄覚法師が歌った「雪ふかみ夜半の嵐になだれして いとど越路はうづもれぬるらん」だと考えられている。
遠雪崩ひとりの旅寝安からず 藤田湘子
春になっても融け残っている雪のこと。俳諧歳時記栞草(1851年)では、春之部正月に「残雪(のこりのゆき)」を分類し、続拾遺集にある一条前関白の「春なれどなほ風さゆる山かげにこほりてのこるこぞのしら雪」の和歌を載せる。
万葉集には柿本人麻呂の和歌が載る。
御食向かふ南淵山の巌には 降れるはだれか消え残りたる
ここにあるはだれは「斑雪」で、春になって降る雪のことである。
水無瀬三吟の宗祇の発句「雪ながら山本かすむ夕べかな」は、残雪のことだと言われている。
▶ 関連季語 春の雪(春)
雪残る頂一つ国境 正岡子規
忘れ雪(わすれゆき)・雪の果(ゆきのはて)・名残の雪(なごりのゆき)・雪の名残(ゆきのなごり)・雪の別れ(ゆきのわかれ)・涅槃雪(ねはんゆき)
春になっても消えずに残っている雪や、春に降る雪のことをいう。
「雪の果」と言うと、その冬最後に降る雪という意味合いが強くなる。これは、陰暦二月十五日の涅槃会前後に降る雪のことで、「涅槃雪」とも言う。
1974年に「かぐや姫」が発表した「なごり雪」は、1975年にイルカが歌って大ヒットした。またこの楽曲をモチーフとして、大林宣彦監督が同名映画を2002年に公開している。
▶ 関連季語 春の雪(春)
▶ 関連季語 淡雪(春)
発心の小机作る雪の果 石田波郷
立春以降に降る雪。「牡丹雪」は、雪の結晶が多数付着し合い、花びらのように大きな雪片をもつ雪のことを言う。これは、春に限って降るものではないが、気温が上昇する中で降る雪は、雪片が大きくなりがちである。地面に落ちるとすぐに融けることが多い。
▶ 関連季語 淡雪(春)
春の雪霏々として又降つて来る 正岡子規