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中村草田男 

校塔に鳩多き日や卒業す 
萬緑の中や吾子の歯生え初むる  (火の島)
降る雪や明治は遠くなりにけり  (長子)
玫瑰や今も沖には未来あり  (長子)
はたはたや退路絶たれて道初まる 
種蒔ける者の足あと洽しや 
地を指せる御手より甘茶おちにけり 
少年の見遣るは少女鳥雲に 
ひた急ぐ犬に会ひけり木の芽道 
そら豆の花の黒き目数知れず 
卯浪背に自作の曲を振るタクト 
果樹の幹苔厚かりし帰省かな 
伸びる肉ちぢまる肉や稼ぐ裸 
母の日や大きな星がやや下位に 
父となりしか蜥蜴とともに立ち止る 
のぼりゆく草細りゆく天道蟲 
万巻の書のひそかなり震災忌 
むらさきになりゆく墓に詣るのみ 
一ト跳びにいとゞは闇へ帰りけり 
蜩のなき代りしははるかかな 
猫じやらし触れてけものゝごと熱し 
冬すでに路標にまがふ墓一基 
冬蒲団妻のかをりは子のかをり 
横顔を炬燵にのせて日本の母 
道ばたに旧正月の人立てる 
膝に来て模様に満ちて春着の子 
焼跡に遺る三和土や手毬つく 
初寝覚今年なさねばなす時なし 
左義長へ行く子行き交ふ藁の音 
夜長し四十路かすかなすはりだこ 
秋草一茎少しもつれて轍の中 
花蕎麦や日向の山はわが山のみ 
雪女郎おそろし父の恋恐ろし 
鷹消えぬはるばると眼を戻すかな 
木蓮の風のなげきはただ高く 
たかんなの影は竹より濃かりけり 
手の薔薇に蜂来れば我王の如し 
蟾蜍長子家去る由もなし 
ショパン弾き了へたるままの露万朶 
残る音の虫はおどろくこともなし 
秋燕に映えつつ朝日まだ見えず 
雁渡る菓子と煙草を買ひに出て 
青空に寒風おのれはためけり 
寒星や神の算盤たゞひそか 
春山にかの襞は斯くありしかな 
猫の仔の鳴く闇しかと踏み通る 
春雷や三代にして芸は成る 
勇気こそ地の塩なれや梅真白 
永き日の餓ゑさへも生いくさなすな 
なにかが恋し茄子の面に山羊映りつつ 
ふるさとももの傾きて流れ星 
たゞ忍べ燃ゆる紅葉の夕冷えは 
壮行や深雪に犬のみ腰をおとし 
雷の音ひと夜遠くを渡りをり 
戦争の終りたゞ雷鳴の日なりけり 
あたゝかき十一月もすみにけり  (長子)
蒲公英のかたさや海の日も一輪 
秋の航一大紺円盤の中 
古草や街裏なれば女走る 
晩夏光バットの箱に詩をしるす 
えごの花ながれ溜ればにほひけり 
零へ置けば辷る盃柳川鍋 
花樗屋根とおなじに暗くなる 
玉菜は巨花と開きて妻は二十八 
蜉蝣や人のみを楽の縛むる 
橋白く栴檀の実の多きところ 
妹の嫁ぎて四月永かりき 
杉菜の雨民の竈の一つを焚く 
蛇の髯の實の瑠璃なるへ旅の尿 

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