鰯雲(いわしぐも)

三秋の季語 鰯雲

鱗雲(うろこぐも)・鯖雲

季語5kmから15kmの高い空にできる上層雲に、巻積雲がある。薄い小さな雲片が多数出現し、鱗のように見えることから、鱗雲との名がつく。また、この雲が出ると鰯の大漁があると言われ、鰯雲とも、鯖の背紋に似ていることから、鯖雲とも呼ばれる。
巻雲の次に現れ、この雲が現れると、天気は下り坂に向かうことが普通である。

鰯雲ひとに告ぐべきことならず  加藤楸邨

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鶏頭(けいとう)

三秋の季語 鶏頭

季語ヒユ科の一年生植物で、7月から12月頃に、ニワトリのトサカに似た花を咲かせるために「鶏頭」の名がある。原産地は、インドと言われ、日本には奈良時代には渡来しており、韓藍(からあい)と呼ばれていた。万葉集には4首登場し、山部赤人の和歌に

我が屋戸に韓藍蒔き生し枯れぬれど 懲りずてまたも蒔かむとぞ思ふ

とあるように、当時から好んで栽培されていた花である。また、詠み人知らずの和歌に

秋さらばうつしもせむと我が蒔きし 韓藍の花を誰れか摘みけむ

があるが、この歌より、花をうつし染めに用いたことが分かっている。因みに韓藍は、「美しい藍色」の意味をも持つ。
学名は Celosia cristata で、 Celosia はギリシャ語の「燃焼」を語源とする。花と葉は、食用とされることもある。

鶏頭の十四五本もありぬべし  正岡子規

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梨(なし)

三秋の季語 

季語バラ科ナシ属。梨の花は春の季語、梨の実は秋の季語。8月から11月頃に実をつける。普通に梨と呼ばれるのは和梨(日本なし)のことで、他に中国梨・洋梨(西洋梨)がある。
和梨の原産地は中国であり、弥生時代に大陸から導入されたものと考えられている。

日本では発掘遺物より、弥生時代に既に食用にされていたと考えられている。日本書紀では、持統天皇7年(693年)に、五穀を補うために桑・紵・梨・栗・蕪菁などの草木を植えることが奨励されている。
栽培技術が発達したのは江戸時代で、明治時代になると、千葉県松戸市において二十世紀、神奈川県川崎市で長十郎が発見されるに至った。さらに戦後には、幸水や豊水も生まれている。
なお、果皮の色から、幸水や豊水などの赤梨系と、二十世紀などの青梨系に分けられる。幸水は、最もはやく市場に現われ、7月に店頭に並ぶこともある。

梨の語源は、中心部ほど酸味が強い「中酸(なす)」であるとも言われるが、古くは「つまなし」と呼ばれてきたことから、その丸さを表現した「端(つま)無し」に見るのが妥当だろう。
「なし」は「無し」に通じるため、これを忌み「ありのみ」と呼ぶことがある。また、鬼門の方角に梨を植え、「鬼門無し」と縁起を担ぐこともある。「栄養なし」などと言われることもあり、実際にビタミン類などの含有量は多くないが、夏バテ防止や発汗作用を持つ成分が含まれており、夏に食べるのに適した果物だと言える(秋の季語だということを残念に思う)。
果実を歌ったものではないが、万葉集に「梨」は3首掲載されている。その内2首は「妻梨」の名で出ており、「妻無し」に掛けた歌である。

黄葉のにほひは繁ししかれども 妻梨の木を手折りかざさむ(詠み人知らず)

梨を使った熟語なども比較的多く、歌舞伎界を意味する「梨園」、「梨」を「無し」に掛けた「梨のつぶて」などがある。

この梨の二十世紀の残り食ふ  須原和男

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虫(むし)

三秋の季語 

虫の声(むしのこえ)虫の闇(むしのやみ)虫時雨(むししぐれ)虫籠(むしかご・むしこ・むしご)

季語単に「虫」と言えば、蟋蟀を中心とした秋に鳴く虫を指す。万葉集の時代、秋に鳴く虫は全て「こほろぎ」と呼ばれている(長歌に出てくる「虫」もあるが、「火に入る夏虫」である)。
古今和歌集の時代には、中国から伝わった虫の音を楽しむ文化の影響で、「虫」を見る目に変化が訪れた。今で言う「コオロギ」を指す「きりぎりす」が歌われるほか、藤原敏行朝臣に

秋の夜のあくるも知らず鳴く虫は わがごと物や悲しかるらむ

の和歌がある。
なお、江戸時代以前の秋の虫の呼称には、注意を払う必要がある。「蟋蟀」「竈馬」「きりぎりす」「松虫」「鈴虫」いずれも、現在とは違うものを指している場合がある。

「虫」という漢字は「キ」と読み、ヘビをかたどった象形文字と言われ、人間を含めた生物全般を指す「蟲(チュウ)」とは、本来異なっていた。「虫」が「蟲」の略字体として使用される過程で、「虫」と「蟲」は同化したと言われる。
日本において、「むし」の表現は日本書紀に既に現れるが、「這う虫」や「夏虫」である。これらの「むし」は「まむし」に通じ、異形の存在を指し示す言葉だったと考えられるが、その語源は「産す(むす)」であろう。
「虫」には多くの慣用句があり、「腹の虫」「虫の知らせ」「虫が好かない」「虫がつく」「虫も殺さない」「虫の息」などがある。

現代感覚では、虫籠と言えば昆虫採集に使うものと捉え、夏のものと考えがちである。しかし、古くは鳴く虫を飼うために使用するものであり、秋の季語となる。

▶ 関連季語 蟋蟀(秋)
▶ 関連季語 松虫(秋)
▶ 関連季語 鈴虫(秋)

行水の捨てどころなし虫の声  上島鬼貫
残る音の虫はおどろくこともなし  中村草田男

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蟋蟀(こおろぎ・きりぎりす)

三秋の季語 蟋蟀

ちちろ虫(ちちろ虫)つづれさせ

季語直翅目バッタ目コオロギ科の代表種「こおろぎ」。日本に生息するのは、最も普通に見られるエンマコオロギのほか、ミツカドコオロギ、オカメコオロギ、ツヅレサセコオロギなど。
かつて「こおろぎ」は、鳴く虫すべてを指す言葉だったと言われている。語源は定かでないが、鳴き声を「こおろ」と聞きなしたところから来たという説がある。
文部省唱歌の「虫のこえ」では、鳴き声を「キリキリ」と聞きなしており、カマドコオロギの鳴き声だと言われている。

俳諧歳時記栞草では「蟋蟀」と書いて「きりぎりす」と読ませ、「立秋の後、夜鳴く。イナゴに似て黒し・・・俗につゞりさせとなくといふ。・・・秋の末までなく故に、古歌に霜夜によめり。」とあり、現在で言う「コオロギ」の説明をしている。また、「今俗にいふきりぎりすは莎雞(はたおり)也」と、現在におけるキリギリスの呼称を俗称としている。
因みに「こほろぎ」には「竈馬」の文字が当てられ、鳴かぬ虫「かまどうま」の説明をしている。
このように、現代になって名前が固定されるまでは、コオロギ・キリギリス・カマドウマなどの呼称は、かなり混乱している。

8月から11月にかけて鳴き声を聞くことができるが、鳴くのはオスだけで、縄張りを主張したり、メスを誘う目的で、翅の発音器をこすり合わせて鳴く。
一般に夜鳴くと思われているが、気温の低下とともに昼に鳴くようになる。新古今和歌集(小倉百人一首第91番)後京極摂政前太政大臣の歌

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む

の「きりぎりす」は、霜夜を生き延びるが故に「コオロギ」のことだと言われているが、霜夜の頃には昼に鳴くことが多い。
因みに万葉集に「蟋」は歌われているが、ここでは「こおろぎ」と読み、「白露」や「浅茅」「草」とともに歌われる。まだ「霜夜」との関連付けもなく、種類の特定が難しいが故に秋の夜に鳴く虫のこととする。詠み人知らずの歌には

草深みこほろぎさはに鳴くやどの 萩見に君はいつか来まさむ

がある。

中国には、闘蟋というオスのコオロギを戦わせる賭博が唐の時代からあり、人気を集めているという。最近では、昆虫食が注目されているが、その代表のひとつが蟋蟀食である。おいしいらしい。。。

こほろぎや犬を埋めし庭の隅  正岡子規
酒蔵の酒のうしろのちゝろ虫  飴山實

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露(つゆ)

三秋の季語 

白露(しらつゆ・はくろ)露けし(つゆけし)芋の露(しらつゆ・はくろ)・露葎(つゆむぐら)

季語大気中の水蒸気が、放射冷却などの影響で水滴となったものが「露」であり、秋の夜間などの気温低下の激しい時に発生する。露が凍結したものは「」である。
一般的に夜間に生成されるが、人との接触時間に応じて「朝露」「夜露」と呼び分けることがある。古い句では「秋露」として出てくることがあるが、現代では「露」で秋の季語となるために「秋露」を使用することは避ける傾向にある。
露は主に植物についた様子を歌うものであるが、特に水を弾く里芋の葉に着いた露は「芋の露」として特別である。この露は、「芋の葉の露」として、七夕の短冊に願い事を書くための墨をするのに使われる。

「露」は「あらわ」と読んだり、「つゆ知らず」などのように使用されることもあり、明白であることを指す言葉である。しかしまた、僅かであることを言う言葉でもあり、「露の命」「露の身」「露の世」などのように儚さをも表現する。
古くから、涙を指すものとしても知られる露は、

秋萩に置きたる露の風吹きて 落つる涙は留めかねつも(万葉集 山口女王)
あはれてふ言の葉ごとに置く露は 昔を恋ふる涙なりけり(古今和歌集 詠み人知らず)

などとして歌われる。

今日よりや書付消さん笠の露  松尾芭蕉
露の世は露の世ながらさりながら  小林一茶
芋の露連山影を正しうす  飯田蛇笏

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露草(つゆくさ)

三秋の季語 露草

蛍草(ほたるぐさ)

季語ツユクサ科ツユクサ属の一年生植物。古くは月草(つきくさ)と呼ばれており、昼には萎む一日花。蛍草・帽子花・青花の別名もある。
6月から9月頃に、3枚の花弁を持つ花を咲かせる。ふつうに見られるものは青花であるが、白いものもある。

俳諧歳時記栞草には、「鴨跖草(つきくさ)、花を碧嬋花(へきせんか)といふ」とある。食用にされていたことも記されている。
万葉集では「つきくさ」として9首載る。一日花であることや、退色しやすい染料として知られるところから、「消」「移ろい」とともに、儚さの象徴として歌われたものが多い。詠み人知らずの

月草に衣は摺るらむ朝露に 濡れての後はうつろひぬとも

などがある。
月影に咲くと言われ、語源は「月草」だと言われる。それが、朝露と詠まれることを重ねていくうちに、「露草」に転訛した。
をつかまえたときに、一緒に籠の中に入れることが多かったため、「蛍草」とも呼ばれる。

露草のさかりを消えて夜の雲  高桑闌更

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鶺鴒(せきれい・つつ・にわくなぶり・まなばしら)

三秋の季語 鶺鴒

黄鶺鴒(きせきれい)

季語スズメ目セキレイ科の鳥で、日本で普通に見られるのは、セグロセキレイ、ハクセキレイ、キセキレイ。ハクセキレイよりも黒っぽいセグロセキレイは、日本固有種として知られる。
「石叩き」「庭叩き」の別名でも知られ、河原などを歩きながら、長い尾を上下する姿が印象的。

「せきれい」の名は、背筋が通ったところから名付けられた中国名「鶺鴒」から来ている。
日本では古くは「つつ」と呼ばれていたと見られ、古事記の神武天皇の求婚時に、妻となる伊須気余理比売(いすけよりひめ)が、

あめつつちどりましとと などさける利目

と、胡鷰鳥(あめ)・セキレイ・千鳥・鵐(しとと)を並べて、天地に掛けて返歌している。
古事記では、「まなばしら」とも読ませており、雄略記の天皇歌の中で、宮廷に仕える人の服装を鶺鴒に例えている。
また、日本書紀の神代上の一書では、鶺鴒を「にわくなぶり」と読ませている。「にわ」は「俄」、「くな」は「尻」、「ふり」は「振る」で、「速く尻を動かす鳥」という意味。陽神と陰神に「交の道(とつぎのみち)」、つまり交合を教えたという。このことから、のちに「おしえどり」とも呼ばれる。
夫木抄には、寂蓮の和歌

女郎花多かる野べの庭たたき さがなき事な人に教へそ

が載る。

鶺鴒や水の流転はとこしなへ  三橋敏雄

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三秋の季語 

稲穂(いなほ)稲田(いなだ)

季語中国南部の長江下流域か、東南アジアが原産地とされるイネ科イネ属の植物「稲」。ジャポニカ種とインディカ種があり、日本で栽培されているのは、ほとんどがジャポニカ種。
小麦やトウモロコシとともに、世界三大穀物とされ、日本では、神話の昔から最も重要な供物・食物であった。それだけに、渡来した時期やルートについて熱く議論されている。以前は、弥生時代のはじまりとともに長江下流域から朝鮮半島を経て渡来したというのが定説だったが、近年の研究で、縄文時代から既に稲作は始まり、朝鮮半島よりも稲作の開始年代は早かったとの見方が強くなっている。

古くから生活に密接に結びついている作物だけに、その分類も多岐に渡る。水稲と陸稲による分類、早稲(わせ)中稲(なかて)晩稲(おくて)という早晩性による分類、白米・黒米・赤米といった色による分類などがある。
品種に至っては膨大な数にのぼり、品種改良により、日々その数を増している。大まかな分類では、コシヒカリなどに代表される一般的な食用種である「うるち米」、アミロースをほとんど含まない「もち米」、山田錦に代表される酒造用の「酒米」がある。

稲穂の時期は地方によって差があるが、概ね8月から10月。9月頃に黄金色に色づいてくる。ただし、南方の二期作を行う地方では、7月と11月に収穫を行うことがある。
穂が出て約40日で収穫期を迎える。

稲の語源には諸説あるが、日本では太古から神と結びついたものとして考えられており、命の元となる意の「息の根(いきのね)」が特に注目される。
「古事記」では、スサノオの項に挿話として稲の起源が記される。それによると、天を追われたスサノオが大気都比売(オオゲツヒメ)に食物を求めたところ、鼻口尻から取り出したために、怒って殺してしまった。その殺された大気都比売の目に、稲種が生ったとある。
万葉集には稲を歌ったものが10首あまり有り、詠み人知らずの和歌

おしていなと稲は搗かねど波の穂の いたぶらしもよ昨夜ひとり寝て

など、恋を歌うものが多い。
よく知られた慣用句には「実るほど頭を垂れる稲穂かな」がある。

稲つけて馬が行くなり稲の中  正岡子規
一里行けば一里吹くなり稲の風  夏目漱石

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霧(きり)

三秋の季語 

夜霧(よぎり)朝霧(あさぎり)霧時雨(きりしぐれ)霧の香(きりのか)霧笛(むてき)

季語空にあるのは雲で、地上に降りてきたものが霧。大気中の水分が飽和状態に達して、霧となる。
平安時代より、春は霞、秋は霧と呼び分けるようになった。
因みに、「冬の靄」の季語もある「靄」は、霧よりも濃度が低く、1キロメートルから10キロメートルの視界を確保できる。霧は1キロメートル以下。濃霧になれば100メートル以下である。「霞」には距離の定義はなく、春塵を含むイメージ。

「きり」は、動詞「きる」の連用形からきており、「き」は「気」に通じる。
俳諧歳時記栞草では、同じ霧でも「雺」との違いに言及。「爾雅 孫炎註」の引用で「天気下り、地に応ぜざるを雺といふ。地気、天に発して応ぜざるを霧といふ」とある。つまり、空から降りてくるものが「雺」、大地から湧きおこるのが「霧」である。
万葉集には霧の歌が60首ほどあり、坂上郎女は

ぬばたまの夜霧の立ちておほほしく 照れる月夜の見れば悲しさ

と歌った。
古事記には、「霧」に関与する神の名として「狭霧の神」がある。神々誕生の段に、天の狭霧と国の狭霧の神が、大山津見と野椎の神の子として生まれている。

「霧」を含む熟語は多く、「霧散」「五里霧中」などがある。また、「霧の都」と呼ばれるロンドンは霧で有名であるが、日本にも霧で有名な土地は多い。1966年に布施明の歌う「霧の摩周湖」で有名になった摩周湖などがある。

霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き  松尾芭蕉
中天に並ぶ巌あり霧の奥  正岡子規

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