水原秋桜子 ●
旅の夜の目覚めわびしき蚊火ひとつ 季籠かばふ鬼灯市の宵の雨 季月見草神の鳥居は草の中 季きつつきや落ち葉をいそぐ牧の木々 季来しかたや馬酔木咲く野の日のひかり 季 (葛飾)瀧落ちて群青世界とどろけり 季 (帰心)●畦の軍鶏春一番をうたひけり 季天平のをとめぞ立てる雛かな 季日輪や蝌蚪の水輪の只中に 季妙見岳雲はれ躑躅咲きのぼる 季降りつつむ雨の明るし更紗木瓜 季明大の勝てよ南風吹く旗の下 季誰も来て仰ぐポプラぞ夏の雲 季桑の葉の照るに堪へゆく帰省かな 季雨ごもり筍飯を夜は炊けよ 季端居して旅にさそはれゐたりけり 季月山の見ゆと芋煮てあそびけり 季重陽の山里にして不二立てり 季ふるさとや馬追鳴ける風の中 季宵寝して年越蕎麦に起さるる 季河豚雑炊あつしあつしとめでて吹く 季顔見世や口上木偶の咳ばらひ 季峰の神旅立ちたまふ雲ならむ 季冬菊のまとふはおのがひかりのみ 季幕あひのさゞめきたのし松の内 季初凪に鷹も舞ひいで祝ぎまつる 季県より海老たてまつる初霞 季鏡開明日とはなりぬ演舞場 季獅子舞は入日の富士に手をかざす 季七十路は夢も淡しや宝舟 季初場所や古顔ならぶ砂かぶり 季橙や火入れを待てる窯の前 季色鳥の啄みをるは隠れなき 季多摩人の焚けば我もと落葉焚く 季網干場すたれてつもる落椿 季穂草立つ墳も刈田も雨の音 季吹き満ちて雨夜も薔薇のひかりあり 季みんみん蝉立秋吟じいでにけり 季霧にほひ岩の温泉白くにごりたり 季白樺に霧の宿への道しるべ 季羽子板や子はまぼろしのすみだ川 季●鯛ひとつ投げて踊れる冬すゝき 季夕東風や海の船ゐる隅田川 季鶯や前山いよゝ雨の中 季春睡やむかし四睡といふありて 季能登島の横雲明くるわたり鳥 季野の虹と春田の虹と空に合ふ 季紫陽花や水辺の夕餉早きかな 季紫陽花や鱸用意の生簀得て 季飛魚の翔けて人よふ伊豆の船 季咲き満ちて櫻撓めり那智の滝 季青岸渡寺堂塔映えて藤咲けり 季のこれるは荒波にをり鴨かへる 季雲の中に立ち濡れつゝぞ春惜む 季枝蛙泣くせはしさに踏みまよふ 季日焼顔見合ひてうまし氷水 季滞船のまばゆき日覆つらねけり 季檝の音夕づきそめぬ青簾 季いまはただ眼白の鳴ける霧の木々 季鴨鳴けり霜燦爛の多摩郡 季寄生木や静かに移る火事の雲 季柚子ひとつ描きて疲る風邪のあと 季