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正岡子規 

涼しさや行燈うつる夜の山 
春の蚊や一つとまりし雛の顔 
あたたかき風がぐるぐる風車 
春風にこぼれて赤し歯磨粉 
死ぬものと誰も思はず花の春 
摘草や根岸を出でて田圃道 
散るものは散て気楽な卯月哉 
日暮里の岡長うして若葉哉 
朝寒やたのもとひゞく内玄関  (散策集)
君が墓筍のびて二三間 
雪の日や巨燵の上に眠る猫 
うさくさをうしろに捨てゝ夏の月 
おそろしや石垣崩す猫の恋 
ほうほうと雨吹きこむや青簾 
木隠れて目白の覗く雀かな 
誰やらが口まねすれば目白鳴く 
蜩や一日一日をなきへらす 
いがながら栗くれる人の誠かな 
紅葉より瀧ちる谷間谷間かな 
南天をこぼさぬ霜の静かさよ 
木槿咲て繪師の家問ふ三嶋前 
咲満る花に淋しき曇り哉 
紫陽花や昨日の誠今日の嘘  (寒山落木)
早鮓や東海の背戸の蓼 
物書いた扇を人に見られけり 
狼の糞見て寒し白根越 
畑もあり百合など咲いて島ゆたか 
大仏の扉をのぞく鹿の子哉 
戸を叩く音は狸か薬喰 
手凍えてしばしば筆の落んとす 
柿くふや道灌山の婆が茶屋 
雪ふるよ障子の穴を見てあれば 
雪の家に寝て居ると思うばかりにて 
障子明けよ上野の雪を一目見ん 
通りぬけ通りぬけても紅葉哉 
名月や鰯もうかぶ海の上 
芭蕉忌や吾に派もなく伝もなし 
善く笑ふ夫婦ぐらしや冬籠 
年忘れ一斗の酒を尽しけり 
氷解けて水の流るゝ音すなり 
風吹て師走八日といふ日哉 
閏年や一日遅き花の春 
貧厨の光を生ず鱸かな 
ずんずんと夏を流すや最上川 
西行庵花も桜もなかりけり 
太刀魚の出刃庖丁にはてにけり 
夏草や君わけ行けば風薫る 
鹿を逐ふ夏野の夢路草茂る  (病牀六尺)
読みさして月が出るなり須磨の巻 
東海道若葉の雨となりにけり 
土用東風船玄海にかかりけり 
四方から青みて夏の夜明哉 
舟に見える膳所の城下の幟かな 
添竹も折れて地に伏す瓜の花 
病閑に糸瓜の花の落つる昼 
栗飯や糸瓜の花の黄なるあり 
藺の花や小田にもならぬ溜り水 
折々は田螺にぎりつ田草取 
三尺の家に五尺の松魚哉 
二三町柿の花散る小道かな 
吾も亦愛す吾廬や棕櫚の花 
孑孑や松葉の沈む手水鉢 
むらむらと闇にみたるゝ李かな 
姫百合に軋飯こぼす垣根かな 
狂言の手つきでぬすむ真桑哉 
藻の花に鷺佇んで昼永し 
萱草や青田の畦の一ならび 
あまつさへ我家はもりぬ月の雨 
干瓜の塩の乾きや日照草 
寝所をかへたる蚊帳の別れかな 
あつき名や天竺牡丹日でり草 
日にさらす人の背中や秋の蠅 
おしろいは妹のものよ俗な花 
団洲の似顔愛づるや菊細工 
故郷や道狭うして粟垂るゝ 
君か代や五尺の稻の花盛 
七草に入らぬあはれや男郎花 
妹が庭や秋海棠とおしろいと 
柴又へ通ふ渡しや蘆の花 
氷伐る人かしがまし朝嵐 
手水鉢八手の花に位置をとる 
水入りの水をやりけり福寿草 
初曽我や團十菊五左團小團 
福藁に雀の下りる日和かな 
山梨の中に杏の花ざかり 
蚕豆も豌豆も咲くや庭畠 
海棠の寝顔に見ゆる笑くぼ哉 
朝凪や霞みて遠き島一つ 
夕凪や三日月見ゆる船の窓 
亀の子の盥這ひ出る日永哉 
簟五尺四方の世界哉 
不知火や嵐はれ行く海の果 
藻の花に鯰押へし夜振哉 

正岡子規伝 わが心世にしのこらば [ 復本 一郎 ]
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