季語|春の山(はるのやま)

三春の季語 春の山

春山(はるやま・しゅんざん)

春の山の季語草木は芽吹き、小鳥はうたう。春になると、山に生気が満ちて賑やかになる。けれども、靄がかかって、冬場ほど明瞭な影を見せなくなるのも春の山である。
郭熙(北宋の山水画家)の「画品」に「春山淡冶而如笑 夏山蒼翠而欲滴 秋山明淨而如粧 冬山惨淡而如睡」とあり、夏の「山滴る」、秋の「山粧ふ」、冬の「山眠る」とともに、春は「山笑ふ」と表現する。
万葉集に、作者不詳の和歌で

春山の馬酔木の花の悪しからぬ 君にはしゑや寄そるともよし

がある。

小酒屋の出現したり春の山  小林一茶
赤い鳥青い鳥ゐる春の山  甲斐遊糸

インターネット歳時記

摘草(つみくさ)

三春の季語 摘草

草摘む(くさつむ)蓬摘む(よもぎつむ)

摘草の季語春の行楽に草摘みがある。対象となるのは、土筆などの食用となるもの、紫雲英蒲公英などの花がある。食用となるものを摘む場合、「菜摘む」ともいう。
万葉集の冒頭に雄略天皇の歌で、

籠もよみ籠持ち 掘串もよみ掘串持ち この丘に菜摘ます子家告らせ 名告らさね そらみつ大和の国はおしなべてわれこそ居れ しきなべてわれこそ座せ われこそは告らめ 家をも名をも

があり、その他にも「菜摘」の歌は数首歌われており、春の行事であったことが伺える。
東洋学者の白川静は、草摘みは魂振りのためにする宗教的なものであったと指摘している。これは、七草粥を食することにもつながる。ただ、七草や若菜摘みは、「新春」が区分される現代では、新春の季語となる。

指先の傷やきのふの蓬摘み  能村登四郎

インターネット歳時記

春の暮(はるのくれ)

三春の季語 春の暮

春の夕(はるのゆう・はるのゆうべ)春夕べ(はるゆうべ)

季語古くは春の終わりの意味で用いたが、現在では春の夕方の意味で用いることが多い。混乱を避けるために、春の終わりには「暮の春」という季語もある。ただ、松尾芭蕉の「鐘撞かぬ里は何をか春の暮」は、新古今和歌集の能因法師の和歌

山里の春の夕ぐれ来てみれば 入相の鐘に花ぞ散りけり

を本歌取りしたもの。

春の暮家路に遠き人ばかり  与謝蕪村
ふる雨のおのづから春の夕かな  久保田万太郎

インターネット歳時記

春燈(しゅんとう)

三春の季語 春燈

春の灯(はるのひ)春灯(はるともし)春の燭(はるのしょく)

季語 春燈日が伸びゆく中に明りを灯せば、明るく艶やかなイメージが広がる。和歌では、玉葉和歌集の藤原定家に

山の端の月まつ空の匂ふより 花にそむくる春のともし火

がある。
また、安住敦と大町糺が久保田万太郎を主宰として創刊した俳句誌に「春燈」があり、創刊の辞には「いくら苦しくなつても、たとへば、夕霧の中にうかぶ春の灯は、われわれにしばしの安息をあたへてくれるだらう」とある。

春の灯のあるひは暗くやはらかく  久保田万太郎
春燈消すやいよいよ眠れぬ夜  大野朱香

インターネット歳時記

春風(はるかぜ・しゅんぷう)

三春の季語 春風

春の風(はるのかぜ)

季語の春風春一番も春風であり、春風は時に恐ろしいものであるが、季語で「春風」を用いる時には、「春風駘蕩」の言葉もあるように、のどかなあたたかさが強調される。また、「風光る」などの季語もあるように、春の風は心を躍らせるものを内包している。
万葉集には「春風」として歌われた和歌が2首あり、大友家持は

春風の音にし出なばありさりて 今ならずとも君がまにまに

と歌った。

春風にこぼれて赤し歯磨粉  正岡子規
春風や闘志抱きて丘に立つ  高浜虚子
ドア開いてゐれば出て見る春の風  稲畑汀子

インターネット歳時記

日永(ひなが)

三春の季語 日永

永き日(ながきひ)永日(えいじつ)

季語と俳句春の日中は、日脚がのびて長く感じる。因みに、「短夜」は夏、「夜長」は秋、「日短」は冬の季語。
東京では、12月に16時半頃に日の入りしていたものが、3月下旬には18時をまわる。

万葉集には作者不詳の和歌で、

霞立つ春の永日を奥処なく 知らぬ山路を恋ひつつか来む

がある。

▶ 関連季語 遅日(春)

飛べそうな気がする永き日の岬  五島高資

インターネット歳時記

風車(かざぐるま)

三春の季語 風車

風車売(かざぐるまうり)

季語 風車俳句での「風車」は、玩具の風車であり、「かざぐるま」として春の季語となる。ただし、キンポウゲ科に「風車」の名を持つ花があり、「風車の花」で夏の季語となる。
その歴史は古く、既に平安時代にはあったと考えられ、中国でも「風車」と書くことから、渡来してきたものと考えられる。江戸時代には、新春の遊び道具の一つとなる。江戸雑司ヶ谷の鬼子母神で参拝みやげとして売られていたものは有名で、「玄英の雑司ヶ谷詣」として喜多川歌麿の浮世絵にもなっている。

あたたかき風がぐるぐる風車  正岡子規
峠くだる子胸にくるくる風車  加藤楸邨
風背負ひ風車売去りにけり  石原八束

インターネット歳時記

蛙(かわず・かえる)

三春の季語 

初蛙(はつかわず)・殿様蛙(とのさまがえる)・赤蛙(あかがえる)・土蛙(つちがえる)

季語 蛙脊椎動物亜門・両生綱・カエル目に分類される。古称は「かわず(かはづ)」であるが、これは主にその鳴き声を愛でるカジカガエルを指す言葉である。日本に見られる蛙の代表種に、ニホンアマガエルがいるが、「雨蛙」とした場合は夏の季語となる。また、「青蛙」「ひき蛙」「牛蛙」も夏の季語である。地中で冬眠するニホンアマガエルは、3月頃から11月頃まで活動する。春の季語とした場合は、休眠から覚めて、水辺で繁殖活動を始めた頃のものとなる。

万葉集には「かはづ」として20首が登場し、厚見王に

かはづ鳴く神奈備川に影見えて 今か咲くらむ山吹の花

があるように、カジカガエルの鳴き声を愛でる。平安時代になるとアマガエルとの混同がみられるようになり、現在に至る。江戸時代になって詠まれた松尾芭蕉の「古池や~」の句は、「不易流行」の代表句と捉えられ、現在につながる俳句の端緒になったとされることがある。ちなみにカジカガエルを指す「河鹿(かじか)」は、夏の季語である。
日本では「帰る」に掛けられることがあり、「お金がかえる」として、蛙に関するものを財布の中に入れておくと、財を成すと言われる。また、「井の中の蛙大海を知らず」「蛇に睨まれた蛙」「ゆで蛙」「蛙の子は蛙」など、蛙を使った多くの言葉が生まれている。

古池や蛙とびこむ水の音  松尾芭蕉
やせ蛙負けるな一茶これにあり  小林一茶

インターネット歳時記

虻(あぶ)

三春の季語 

季語 虻双翅目ハエ亜目に属する。二枚の翅を有する蝿や蚊の仲間であり、虻・蝿の間に、明確な区分はない。
虻と言えば、血を吸う害虫のイメージもあるが、多くの種類はハナアブやヒラタアブに代表されるような、植物の受粉を助ける益虫である。血を吸うアブには、ヤマトアブやウシアブがあり、メスのみが吸血する。成虫の活動期も6月から9月頃であり、春のイメージはない。

「虻」は本来「あむ」と発音する。古事記の雄略天皇の項には、「アム、御腕を咋ひけるを、すなわち蜻蛉来て、そのアムを咋ひて、飛びき」とあり、古来、害虫との位置づけにあったことが読み取れる。虻を退治する蜻蛉の勇猛さを称えて、大和の国を蜻蛉島(あきづしま)と呼ぶようになったと、ここで語られている。
飛翔時に「ボー」と音を出すことから、虫偏に「亡」があてがわれて、「虻」の漢字が生まれたと言われている。「蝱」は異字体。

大空に唸れる虻を探しけり  松本たかし

インターネット歳時記

春雷(しゅんらい)

三春の季語 春雷

春の雷(はるのらい)初雷(はつらい)

季語 春雷「雷」は夏の季語、「寒雷」は冬の季語で、「春雷」と言えば、立春を過ぎて鳴る雷の事をいう。特に、立春後に初めて鳴る雷を「初雷」という。春の雷は、暖かさを呼ぶものとされており、夏の雷ほどの激しさはない。
啓蟄の頃によく鳴ることから、「虫出しの雷」とも呼ばれる。

下町は雨になりけり春の雷  正岡子規
春雷や布団の上の旅衣  島村元

インターネット歳時記