季語|轡虫(くつわむし)

初秋の季語 轡虫

がちやがちや

轡虫の俳句と季語直翅目バッタ目キリギリス科の昆虫。別名に管巻(くだまき)。本州から九州に生息する、国内最大種のバッタ。夜行性で、葛の葉を好んで食す。
雄は、7月下旬から10月にかけて「ガチャガチャ」と鳴く。馬のくつわの音に似た鳴き声を持つことから、「くつわむし」という。またそれを「ガチャガチャ」と聞きなして、「がちやがちや」ともいう。

【轡虫の俳句】

森を出て会ふ灯はまぶしくつわ虫  石田波郷

【轡虫の鳴き声】
本州・四国・九州に分布し、7月下旬から10月にかけて鳴き声を聞くことが出来る。その鳴き声は、「がちゃがちゃ」と聞きなす。(YouTube 動画)

 インターネット歳時記

季語|桔梗(ききょう)

初秋の季語 桔梗

桔梗の俳句と季語キキョウ科の多年生草本植物で、日本全土に自生するが、自生株は絶滅危惧種に指定されている。秋の七草のひとつ。
6月中旬から9月にかけて花をつけ、その花は「桔梗」で秋の季語となる。花は青紫のものが普通であるが、白や桃色のものもある。つぼみが風船のように見えるため、イギリスでは「balloon flower」と呼ばれる。
根にはサポニンが多く含まれ生薬となり、鎮咳・去痰・排膿作用がある。

古くから和歌に歌われてきた花であり、万葉集にも5首あるが、いずれも「あさがお」として載る。これは、作者不詳で載る

朝顔は朝露負ひて咲くといへど 夕影にこそ咲きまさりけり

に歌われるように、朝だけでなく夕方にも咲いていること、現代に言う「朝顔」が、奈良時代末期に渡来したものと考えられていることからの通説である。
「ききょう」の名は、薬草としての漢名である「桔梗(きちこう)」からの転化である。
桔梗の花をモチーフにした「桔梗紋」は、明智光秀が用いていたことで有名である。安倍晴明が使用した五芒星は、桔梗印と呼ぶ。

【桔梗の俳句】

かたまりて咲きて桔梗の淋しさよ  久保田万太郎

 インターネット歳時記

季語|きりぎりす

初秋の季語 きりぎりす

螽斯(きりぎりす・しゅうし)ぎす

きりぎりすの俳句と季語バッタ目キリギリス科キリギリス属に分類される昆虫。本州から九州に分布し、主に東日本に生息するヒガシキリギリスと、西日本に生息するニシキリギリスに分かれる。春に孵化した幼虫は、花粉などを食して成長するが、大きくなると昆虫などを捕食するようになる。
晩夏から初秋にかけての昼間、オスは草むらで前翅をこすり合わせて鳴く。その鳴き声は「チョンギス」と聞きなし、そこから「ぎす」とも呼ばれ、キリギリスの語源になったと言われている。
しかし、江戸時代まではコオロギとの混同が度々発生。新古今集に載る後京極摂政前太政大臣の歌

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む

は、コオロギの事を歌っているというのが通説になっており、江戸時代の俳諧歳時記栞草の「蟋蟀」の項でもこれを「きりぎりす」と読ませ、コオロギの説明がなされている。有名な芭蕉句「むざんやな甲の下のきりぎりす」も、コオロギの事だと考えられている。

古くは、その鳴き声が機織機の音に似ていることから、「機織(はたおり)」と呼ばれており、拾遺和歌集の紀貫之に

秋くれば機織る虫のあるなべに 唐錦にも見ゆる野辺かな

の和歌もある。
俳諧歳時記栞草には「絡線虫(はたおり」とあり、七月に分類。「六月の内より鳴初て、七月中ごろまで、野叢の中、昼盛に鳴く。其声ギイゝスといふが如し。一二声の内にチョンと舌打す。俗、是を蛩(きりぎりす)と云て、小籠に入て市に売て小児の翫(もてあそび)とす。その形いなごに似て大なり、是はたおり也。ギイゝといふは機躡(まねき)の音、チョンは筬(おさ)打音なり。又ギスともいへり。」とある。

平安時代の「堤中納言物語」の中の「虫めづる姫君」は、昆虫を飼う風変わりな姫君を描いた短編であるが、その中に「はたおりめ(きりぎりす)」の小袿を着ているとある。
世界的には、イソップの物語の「アリとキリギリス」が知られており、この物語のように、きりぎりすは冬になる前に死滅する。

▶ 関連季語 蟋蟀(秋)

【きりぎりすの俳句】

むざんやな甲の下のきりぎりす  松尾芭蕉

【きりぎりすの鳴き声】
バッタ目キリギリス科キリギリス属。オスのみが前翅をこすり合わせて鳴く。チョンギスと聞きなす。(YouTube 動画)

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季語|芭蕉(ばしょう)

初秋の季語 芭蕉

芭蕉の俳句と季語中国あるいは東南アジア原産のバショウ科の多年草で、英名は、シーボルトによりジャパニーズ・バナナと名付けられた。冬に葉を枯らすが、春には再び葉をつけ、稀に大きな黄色い花をつける。夏場に咲いた花は秋に実となるが、バナナに似た形状の、その実を食すことはない。
主に観賞用に植えられるが、琉球諸島では、葉鞘の繊維で芭蕉布が作られる。

渡来した時期は定かではないが、既に平安時代にはあったと見えて、紀乳母による「笹」「松」「枇杷」「芭蕉葉」を組み合わせた和歌が、古今和歌集に載る。

いささめに時まつまにぞ日は経ぬる 心ばせをば人に見えつつ

「芭蕉」はもともと漢名で、それを音読みしたものが「ばしょう」。和名類聚抄では、「苑(えん)」「甘蕉(かんしょう)」とも呼ばれていたとある。

江戸時代の俳諧師・松尾芭蕉は、天和2年(1682年)に「芭蕉」と号した。延宝8年(1680年)に江戸深川に居を移した時に、そこにあった芭蕉が立派なことから、弟子がその庵を「芭蕉庵」と呼んだことに因る。

▶ 関連季語 破芭蕉(秋)

【芭蕉の俳句】

この寺は庭一盃の芭蕉かな  松尾芭蕉

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季語|新涼(しんりょう)

初秋の季語 新涼

秋涼し(あきすずし)涼新た(りょうあらた)

新涼の俳句と季語凉しは夏の季語であるが、新涼は秋の季語となる。初秋のころの涼しさをいう。この頃、ひと雨ごとに涼しさを増す。
「新涼灯火」という言葉があるが、この頃、明かりの下で読書をするのに丁度よい。

【新涼の俳句】

秋涼し手毎にむけや瓜茄子  松尾芭蕉
新涼や起きてすぐ書く文一つ  星野立子
新涼や白きてのひらあしのうら  川端茅舍

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季語|鈴虫(すずむし)

初秋の季語 鈴虫

鈴虫の俳句と季語直翅目バッタ目コオロギ科の昆虫。松虫と鈴虫の名は、時代や地域によって錯綜している。一説には、日本で松虫と呼ぶものが中国で鈴虫と呼ばれており、平安時代には中国に倣っていたとも言われる。俳諧歳時記栞草の出た江戸時代中期には、今のように呼ばれていたが、「今俗に、リンリンと鳴くを鈴虫といふはわろし、これ松虫也といへり。鈴虫は、チンチロリと鳴をいふといへり」との記述も見える。
源氏物語第三十八帖「鈴虫」では、鈴虫と松虫に言及されており、

おほかたの秋をば憂しを知りにしを ふり捨てがたき鈴虫の声
心もて草のやどりをいとへども なほ鈴虫の声ぞふりせぬ

の歌も載る。ここでの鈴虫は「松虫」のことだと言われているが、松虫を「命のほどはかなき虫」とし、鈴虫を「心やすく、今めいたる」と表現しているところを見ると、通説に疑問を感じる。当時も、現在と同じ呼び方がされていたのではなかろうか。

成虫は8月中旬から9月にかけて出現し、オスの鳴き声は「リンリン」と聞きなし、文部省唱歌の「虫のこえ」にも歌われる。その鳴き声が鈴の音に似ていることから「鈴虫」と呼ばれている。

源氏物語にもあるように、古くから、鑑賞のために庭に放たれたり、籠で飼われたりしていた。
松虫はイネ科植物に産卵するのに対し、鈴虫は土の中に産卵する。そのため、飼育に植物を要する松虫よりも繁殖は簡単で、育てやすい。

【鈴虫の俳句】

鈴虫を塞ぎの虫と共に飼ふ  草間時彦

【鈴虫の鳴き声】
北海道にいるものは移入されたものであるが、日本全国に生息し、7月下旬から9月末まで鳴き声を聞くことが出来る。「鳴く虫の王」とも呼ばれ、オスのみが翅をこすり合わせて鳴く。(YouTube 動画)

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季語|松虫(まつむし)

初秋の季語 松虫

ちんちろりん青松虫(あおまつむし)

松虫の俳句と季語直翅目バッタ目コオロギ科の昆虫。松虫と鈴虫の名は、時代や地域によって錯綜している。
古今要覧稿には、西暦900年頃は今と同じ、それから100年後には入れ替わっていたと書かれている。古今要覧稿の書かれた江戸時代中期には、現在と同じように呼ばれていたが、俳諧歳時記栞草には「今俗に、リンリンと鳴くを鈴虫といふはわろし、これ松虫也といへり。鈴虫は、チンチロリと鳴をいふといへり」との記述も見える。
なお、万葉の昔には、松虫も鈴虫も「こおろぎ」と呼ばれていた。古今和歌集には「松虫」が出現するが、ここでの松虫は、今で言う鈴虫のことと考えられている。詠み人知らずの歌に

秋の野に人まつ虫の声すなり 我かと行きていざとぶらはむ

があり、「待つ」に掛けて歌われている。

成虫は8月中旬から11月下旬にかけて出現し、オスの鳴き声は「チンチロリン」と聞きなし、文部省唱歌の「虫のこえ」にも歌われる。
在来種の体色は茶色であるが、明治時代に中国から入ったと言われる外来種・アオマツムシは鮮やかな緑色をしている。近年急速に生息域を拡げており、街路樹などの中で鈴のような音色で鳴く。

「松虫」の名前は、鳴き声を、澄んだ松風に見立ててつけられたと考えられている。

中国では虫の声を聞く文化があり、日本においても平安時代頃から、籠に入れて鑑賞が行われていた。さらに江戸時代になると、人工繁殖させた虫を売り歩く「虫売り」も行われるようになった。

【松虫の俳句】

寺よぎる風のあはひのちんちろりん  中川宋淵

【松虫の鳴き声】
本州・四国・九州に分布し、8月中旬から11月にかけて鳴き声を聞くことが出来る。その鳴き声は、「チンチロリン」と聞きなす。(YouTube 動画)

【青松虫の鳴き声】
明治時代に中国から帰化した外来種と言われており、現在では本州、四国、九州に分布している。8月中旬から11月にかけて、街路樹などでよく鳴いている。松虫の鳴き声とは全く異なる。(YouTube 動画)

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季語|桃(もも)

初秋の季語 

白桃(はくとう)水蜜桃(すいみつとう)

桃の俳句と季語バラ科モモ属の桃は、7月から8月頃に実をつける。「桃の花」は春の季語であるが「桃」と言えば実を指して秋の季語となる。一般的に食せられる桃は水蜜種と呼ばれ、実の色に応じて、白桃と黄桃に分かれる。
原産地は黄河上流域であり、縄文時代前期に渡来していた痕跡がある。しかし、水蜜種が広がったのは明治時代になってから。その酸味ゆえにシロップ漬けなどにされていたものが、明治32年に岡山の大久保重五郎が新種の白桃を発見したことにより、日本独自の、甘くて大きな白桃が出現した。

日本人と桃との関係は古く、古事記の「黄泉の国」の項に、黄泉の国から逃げ帰る伊邪那岐(いざなき)が、黄泉比良坂の坂本の桃の子(実)を3つ取って、追っ手に投げつけて退散させたとある。その桃の子に意富加牟豆美の命(おほかむづみのみこと)と名付け、「葦原の中つ国(日本)に住む人々の苦境時には、私を助けたように助けてやって欲しい」と告げたとある。これは当時、薬として使用していたことを伺わせる記述でもある。
また、日本書紀には、伊弉諾(いざなき)が、追い来る雷に桃の実を投げて退散させ、「桃を用いて鬼を防ぐ」の元となったとある。これが「桃太郎」の話に繋がっていくが、そのモチーフになったのは、崇神紀に現われる吉備津彦であると考えられている。
桃に特別な力が備わっていると考えられてきた痕跡は、発掘資料からも分かる。邪馬台国の有力候補地であり、崇神天皇らが都を置いた場所付近に当たる纒向遺跡では、大量の桃の実が発掘されている。「ももしき」が大宮にかかる枕詞だったこともあり、邪気払いのために敷き詰められていた可能性もある。
中国では古くより、仙木・仙果と呼ばれ、邪気を祓い、不老長寿を与える植物として親しまれてきた。
万葉集に「桃」の歌は7首載るが、主に花を歌い、積極的にその実を食す習慣はなかったと見られる。ただ、詠み人知らずの歌の中に、恋の結実を祈って桃の実に掛けた歌が1首存在する。

はしきやし我家の毛桃本茂く 花のみ咲きてならずあらめやも

「もも」の語源は諸説あるが、「百(もも)」との関連が指摘される。つまり、多くの実をつけるから「もも」となった説である。漢字の「桃」も、木偏に「兆」となっており、「兆」は「きざし」、つまり事象の多様化を孕む文字である。

「桃」を用いた言葉は数多いが、理想郷を指す「桃源郷」、忍耐を説く「桃栗三年柿八年」、早口言葉の「すもももももももものうち」などがある。

【桃の俳句】

わがきぬにふしみの桃の雫せよ  松尾芭蕉
病間や桃食ひながら李画く  正岡子規

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季語|法師蝉(ほうしぜみ)

初秋の季語 法師蝉

つくつく法師(つくつくほうし・つくつくぼうし)

法師蝉の俳句と季語カメムシ目セミ科に属する蝉の一種で、8月から9月末まで、夕刻によく鳴く。その鳴き声は「ツクツクボーシ」と聞きなす。クマゼミやヒグラシが集団で同じメロディーを奏するのに対し、ツクツクボウシは単独でメロディーを奏でる。
秋の訪れを告げる蝉であるが、つくつくぼうしの島として知られる八丈島では、7月から鳴き始め、夏蝉として存在している。

▶ 関連季語 蝉(夏)

【法師蝉の俳句】

身にちかくあまりにちかくつくつくぼうし  種田山頭火
今尽きる秋をつくづくほふしかな  小林一茶

【ツクツクボウシの鳴き声】
北海道から鹿児島までの各地に生息し、8月から9月にかけて、街中でも鳴き声を聞くことが出来る。その鳴き声は「ツクツクボーシ」と聞きなす。(YouTube 動画)

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季語|ばった

初秋の季語 ばった

はたはたきちきち

ばったの俳句と季語直翅目バッタ亜目に属する昆虫の総称で、ショウリョウバッタ・トノサマバッタ・オンブバッタ・イナゴなどが含まれる。後脚が大きく発達していて、人が近づけば、その脚を使ってジャンプして逃げる。成虫はさらに、翅を伸ばして長距離移動を行うものが多い。ただし、オンブバッタなどは、飛ばない。

「きちきち」「はたはた」と呼ぶバッタはショウリョウバッタのことで、オスが飛ぶ時に出す音から命名された。「はたはた」は「ばたばた」に転訛し「ばった」となったと考えられ、ゆえに本種が「ばった」の代表である。
ショウリョウバッタを漢字で書くと「精霊蝗虫」となり、旧盆の精霊船に似ることから命名された。
ショウリョウバッタを小型にしたようなオンブバッタは、大きなメスの上に小さなオスが負んぶされているような姿が、しばしば観察される。これは交尾に到る行動であるが、オンブバッタは、交尾時以外でもオスがメスの背中に乗り続ける状態が観察できる。

因みに「ばったもん」という言葉があるが、隠語に投げ売りを意味する「ばった」という言葉があり、「ばったばった」と投げ売りされる様子から出てきた言葉と言われる。昆虫の「ばった」とは関係がない。
「はたはた」とした場合、冬の季語に「鱩(はたはた)」というスズキ目に属する魚もある。

【ばったの俳句】

はたはたや退路絶たれて道初まる  中村草田男

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