三冬の季語 湯ざめ
入浴後に身体が冷えると、病気になることも。湯ざめの一番の原因は、温まった身体からの汗である。湯ざめをしないためには、身体についた水気を拭き取るとともに、体温が下がるまで、こまめに汗を拭き取ることが必要である。
穂が散って、芯だけになった芒。貧相なものが、さらに貧相になることも「枯すすき」と言う。
俳諧歳時記栞草には、十月条に「枯尾花」が載り、貞享式の引用で「此名は古今に論ありて、秋ともいひ、冬ともいへど、枯の字を結びては冬と定むべし」とある。
野口雨情作詞、中山晋平作曲の民謡に「枯れすすき」があり、大正11年に「船頭小唄」に改題して大ヒットした。そんな中、関東大震災が発生し、この暗い歌が震災を引き起こしたのではないかと囁かれるほどであった。
また昭和49年には、さくらと一郎の「昭和枯れすゝき」も、哀愁を帯びた曲調で大ヒットした。
▶ 関連季語 芒(秋)
狐火の燃えつくばかり枯尾花 与謝蕪村
化物の正体見たり枯尾花 横井也有
東京における暖房期間は、11月下旬から3月中旬。平均気温が10℃を下回ると、需要が増す。
古くは、紀元前95年にローマのゼルギウス・オラタが発明したとされる「ハイポコースト」が知られており、中国東北部から朝鮮半島でも、紀元前後から「オンドル」が用いられている。日本でも、飛鳥時代にオンドルが伝わっていたと見られるが、普及はしていない。
日本では、部屋に暖をとるための道具として、縄文時代には既に囲炉裏のようなものがあったと考えられている。奈良時代には、火鉢の原型である火舎があり、後に枕草子には「火など急ぎおこして炭もて渡るもいとつきづきし。昼になりてゆるくゆるびもてゆけば 炭櫃火桶の火も白き灰がちになりぬるはわろし」と、「炭櫃」「火桶」などと呼ばれる。
ストーブは、明治時代から輸入され、手軽さがうけて、戦後、急速に普及した。1972年には、冷房専用だったエアコンに、暖房機能を併用したものが発売され、家屋の気密性の向上とともに普及していった。
現在では様々なかたちの暖房があり、上記のストーブやエアコン(エア・コンディショナー)以外にも、ファンヒーター、スチーム、オイルヒーター、セラミックヒーターなど、環境にも配慮した装置の開発競争が進んでいる。
一片のパセリ掃かるる暖炉かな 芝不器男
浜千鳥(はまちどり)・千鳥足(ちどりあし)・夕千鳥(ゆうちどり)・小夜千鳥(さよちどり)・夕波千鳥(ゆうなみちどり)
チドリ目チドリ科の鳥には、旅鳥として日本に春秋に立ち寄り少数が越冬するメダイチドリ・ダイゼン、冬鳥としてやってくるタゲリ、夏鳥としてやってくるコチドリ・シロチドリ、留鳥のケリなどが知られる。
本来は、野山や水辺に群れる小鳥たちの総称で、「チ」は数の多さを表す「千」の意味と言われる。歴史とともに海辺などで見かける小さな鳥を指す言葉となり、その鳥の群れた様を表す「百千鳥」という言葉も生まれ、この言葉もまたチドリの別名になるに至った。ただし百千鳥は春の季語となる。
古事記に、倭建(やまとたける)が死して後、白鳥になって飛び去るのを追いかけて詠まれた歌に、
浜つ千鳥 浜よ行かず 磯伝ふ
がある。これは、白鳥を追いかける自らの姿を千鳥に擬し、海を越えていく白鳥と、浜から離れられずに磯伝いをする千鳥とを対比している。
万葉集にも26首が載り、柿本人麻呂の
近江の海夕波千鳥汝が鳴けば 心もしのにいにしへ思ほゆ
は有名。その他にも、金葉和歌集の源兼昌の
淡路島かよふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守
は、小倉百人一首78番。
上記のように、年中見られる千鳥ではあるが、俳句の世界では冬の季語。源氏物語の頃より、冬の景物との地位が定着している。その代表的な姿は、水上を鳴きながら飛んで、誰かを呼ぶというもの。
古くから親しまれてきただけに、千鳥は日本文化の中に溶け込んでいる。吉沢検校の「千鳥の曲」は、古今和歌集の詠み人知らずの和歌
しほの山のさしでの磯にすむ千鳥 君がみよをばやちよとぞなく
と、上記源兼昌の和歌を採り歌としている。
「波に千鳥」は、調和の良いものの譬であり、奈良時代から用いられてきた紋様でもある。かき氷の幟にも、その図柄を確認することができる。
「千鳥足」は、酔っ払いなどの定まらぬ足取りを言うものである。俳諧歳時記栞草では、「千鳥」の項に次いで「兼三冬物」に分類される。「大和本草」の引用で「雀より大也。前三指、後指なし。歩むに、足を左右にちがへてはしる。人の歩むこと、これに似たるを千鳥足と云」とある。
星崎の闇を見よとや啼千鳥 松尾芭蕉
その冬、はじめて降る雪。本格的な寒さのはじまりを告げるものではあるが、心躍るものもある。
俳諧歳時記栞草には、十月に「初雪、初雪消(はつゆききゆる)」の項があり、「初雪は積らぬさまによめり。故に消るといひても冬なり。」とある。
初雪が降ると群臣が参内する儀式が、桓武天皇延暦11年(792年)11月に始まり、「初雪見参(はつゆきのけんざん)」と呼ばれた。鎌倉時代初期まで行われていた。
万葉集には、大原真人今城の和歌で、
初雪は千重に降りしけ恋ひしくの 多かる我れは見つつ偲はむ
がある。
白居易の「冬夜」には、「策策窓戸前 又聞新雪下」と、窓戸の前で、さくさくと降る新雪の音を聞いたとのくだりがある。
▶ 関連季語 雪(冬)
初雪や水仙の葉のたわむまで 松尾芭蕉
はじめての雪闇に降り闇にやむ 野澤節子
ウグイスガイ目イタボガキ科とベッコウガキ科に属する二枚貝。英語では「oyster(オイスター)」。食用には、冬に旬を迎えるマガキや、夏に旬を迎えるイワガキ(ともにイタボガキ科マガキ属)が用いられ、身が乳白色で高栄養であることから、海のミルクとも呼ばれる(ゆえに、季語で用いる牡蠣はマガキが主)。
雌雄同体の種と雌雄異体の種があり、マガキは雌雄異体。ただし、生殖活動が終了すると同時に中性となり、その後の栄養状態で、再び雌雄に分かれる。
牡蠣自体は、広く世界に分布しているが、生活場所を定めると、ほとんど動くことがない。浜辺などに着床した牡蠣の、その鋭利な殻によって、裂傷を負う者も多い。また、船底などに固着したものは、航行能力を阻害するために、船にとっては大敵である。
古くから世界中で食されてきた牡蠣は、日本でも縄文時代には主要な食材になっていた。貝塚からは、ハマグリに次ぐ量の殻が出て来るという。
また、養殖も古くから行われており、草津村役場が発行した「草津案内」に「天文年間(1532年~1555年)安芸国(広島県)において養殖の法を発明せり」との記述がある。食卓に上がる牡蠣は、そのほとんどが養殖ものであり、60%以上のシェアを持つ広島県や、生食用牡蠣では日本一の宮城県が産地として有名。
ところで、日本で牡蠣が生食されはじめたのは明治時代から。西洋には、牡蠣は例外的に生食されてきた歴史があり、開国とともに、その文化が入ってきたためだと言われている。牡蠣はあたりやすい(食中毒になりやすい)食材であるため、それまでの日本では生食を避ける傾向にあった。
因みに、西洋で食されていたのは、ヨーロッパヒラガキ(イタボガキ科イタボガキ属)。1970年代に入り激減したため、日本産のマガキが導入され、定着したという。
牡蠣(かき)の名は、採取する時に掻き取るところから来ていると言われている。貝類は生殖腺の色を見て雌雄が分かると考えられていたため、全身が白い牡蠣はオスと考えられ、漢字では頭に「牡」がつく。
牡蠣鍋に寡黙の人は寡黙なり 村山せつ
水辺に棲息する鳥の種類は豊富で、季節を問わず観察できるが、「水鳥」は冬の季語となる。水鳥の代表的なものが、日本では冬鳥としてやってくるからである。主なものは、鴨・白鳥・鳰・都鳥・千鳥などである。水禽(すいきん)とも言う。俳諧歳時記栞草では「浮寝鳥(うきねどり)、水鳥をいふなり」とあり、御傘の引用で「水鳥は昼もよく寝る物也。故に夜分にあらず」とある。
因みに「水鳥の巣」は、夏の季語。
万葉集には「水鳥」が8首で使われる。その中の3首は「水鳥の鴨」と歌われる。詠み人知らずの和歌に、
水鳥の鴨の棲む池の下樋なみ いぶせき君を今日見つるかも
がある。
隠語で「すいちょう」と読み、「水」と「酉」から「酒」を指す。また、酒飲みのことをも指す。
水鳥も船も塵なり鳰のうみ 桜井梅室
水鳥やむかふの岸へつういつうい 広瀬惟然
中国西部原産で、ヒガンバナ科ネギ亜科ネギ属。塩害に強いため、海岸近くの砂地で栽培されることが多い。同属には、タマネギ、ニンニク、ラツキョウ、ニラ、ワケギなどがある。
東日本では、陽に当てないように盛土して育てた、白くて太い根深ネギ(白ネギ)を好む。有名なものに、深谷葱・下仁田葱・千住葱がある。西日本では、陽に当てて育てた、青くて細い葉ネギ(青ネギ)を好む。有名なものに九条葱がある。
葱は一文字とも呼ばれ、真っすぐに伸びることが特徴であるが、東北地方では、地下水位の不利を補うために、成長した時点で植え直しをして、あえて曲げた「曲がりねぎ」を出荷するところもある。因みに、ニラのことは二文字と呼ぶ。
料理としては、生食されたり、熱を通して食べたりする。特に鍋物には欠かせない食材であり、「鴨が葱を背負って来る」という言葉まで生まれた。これは、鴨と葱があればすぐに鴨鍋ができることから、好都合であることを半ば茶化していう。
古くは「き」と呼ばれていたが、中世以降「ねぎ」になったとされる。これは、根を食用にするためである。臭いが強いことから、「葱」は「気」に通じるとされる。ゆえに、葱坊主を模した擬宝珠は「葱台」とも言われ、魔除けの意味を持つ。
日本書紀の仁賢天皇六年には、「秋葱(あきき)」が出てくることから、古墳時代には既に栽培されていたものと考えられる。
島原や根深の香もあり夜の雨 池西言水
夢の世に葱を作りて寂しさよ 永田耕衣