宝井其角 ●
七種や跡にうかるゝ朝がらす 季
夢と成し骸骨踊る萩の声 季
鐘一つ売れぬ日はなし江戸の春 季
明星や桜さだめぬ山かづら 季
草の戸に我は蓼くふほたるかな 季
大酒に起きてものうき袷かな 季
切られたる夢は誠か蚤の跡 季
今朝たんと飲めや菖の富田酒 季
十五から酒を飲み出て今日の月 季
わがものとおもへばかろし笠の雪 季
酒ゆえと病を悟る師走哉 季
鶯の暁寒しきりぎりす 季
くもりしかふらで彼岸の夕日影 季
散り際は風もたのまずけしの花 季
山ふさぐこなたおもてや初紅葉 季
梟よ松なき市の夕あらし 季
まな板に小判一枚初鰹 季
帆をかふる鯛のさはきや薫る風 季
蚊を打つや枕にしたる本のかさ 季
此木戸や錠のさゝれて冬の月 季
春をまつことのはじめや酉の市 季●
梅が香や隣りは荻生惣右衛門 季●
夕涼みよくぞ男に生れける 季
稲妻や昨日は東けふは西 季
白雨や家を回りて家鴨なく 季
雪の日や船頭どのの顔のいろ 季
越後屋にきぬさく音や衣更 季
年の瀬や水の流れと人の身は 季
なきがらを笠に隠すや枯尾花 季
凩よ世に拾はれぬみなし栗 季
夕立や田を見めぐりの神ならば 季 (五元集)●
梅寒く愛宕の星の匂ひかな 季
鶯の身をさかさまに初音哉 季
ゆく水や何にとどまるのりの味 季●
うすらひやわづかに咲ける芹の花 季
鶯にこの辛子酢は泪かな 季
饅頭で人を尋よやまざくら 季
年立つや家中の禮は星月夜 季
弱法師わが門ゆるせ餅の札 季
鳥雲に餌さし独の行へ哉 季
百姓のしぼる油や一夜酒 季
雨蛙芭蕉にのりてそよぎけり 季
夕顔や白き鶏垣根より 季
杉の上に馬ぞ見えくるむら紅葉 季
鰤荷ふ中間殿にかくれけり 季
若水に鰹のおとる涼しさよ 季
梅が香や乞食の家も覗かるゝ 季
霜の鶴土にふとんも被されず 季
名月や畳の上に松の影 季 (雑談集)●
おぼろとは松の黒さに月夜かな 季
かげろふや小磯の砂も吹きたてず 季
麦飯や母にたかせて仏生会 季
飯鮓の鱧なつかしき都かな 季
蝸牛酒の肴に這はせけり 季
世の中を知らずかしこし小鯵売 季
西瓜くふ奴の髭の流れけり 季
打つ櫂に鱸はねたり淵の色 季
並蔵はひびきの灘や寒作り 季
鉾にのる人のきほひも都哉 季
蜻蛉や狂ひしづまる三日の月 季
むら時雨三輪の近道たづねけり 季
帯解も花橘のむかしかな 季
傀儡師阿波の鳴門を小歌かな 季
寒声や南大門の水の月 季
子安貝二見の浦を産湯かな 季
あさり貝むかしの剣うらさびぬ 季
漣やあふみ表をたかむしろ 季
泥亀の鴫に這ひよる夕かな 季