三春の季語 摘草
春の行楽に草摘みがある。対象となるのは、蓬・土筆などの食用となるもの、紫雲英・菫・蒲公英などの花がある。食用となるものを摘む場合、「菜摘む」ともいう。
万葉集の冒頭に雄略天皇の歌で、
籠もよみ籠持ち 掘串もよみ掘串持ち この丘に菜摘ます子家告らせ 名告らさね そらみつ大和の国はおしなべてわれこそ居れ しきなべてわれこそ座せ われこそは告らめ 家をも名をも
があり、その他にも「菜摘」の歌は数首歌われており、春の行事であったことが伺える。
東洋学者の白川静は、草摘みは魂振りのためにする宗教的なものであったと指摘している。これは、七草粥を食することにもつながる。ただ、七草や若菜摘みは、「新春」が区分される現代では、新春の季語となる。
【摘草の俳句】
指先の傷やきのふの蓬摘み 能村登四郎

養分が筍にまわる晩春、竹の葉は活力を失くして黄変する。これを、春にもかかわらず「竹の秋」という。
バラ科ナシ属で、4月頃に白い花を咲かせる。
古くは春の終わりの意味で用いたが、現在では春の夕方の意味で用いることが多い。混乱を避けるために、春の終わりには「暮の春」という季語もある。ただ、
春も、桜が散りはじめた後。拾遺集に紀貫之で
初夏に分類することもある「巣立ち」。身近な鳥である雀や燕は、春から夏にかけて数度繁殖活動を行うため、巣立ちも春から夏にかけて数度ある。けれども現代では、年度替わりが含まれる日本の慣習に重ねて、「巣立ち」を春にイメージする傾向がある。
ユリ科カタクリ属に属する50年ほど生きる多年草で、万葉集に大伴家持が歌った
ハタ科の海水魚にサクラダイがあるが、季語となるのは、真鯛。
日が伸びゆく中に明りを灯せば、明るく艶やかなイメージが広がる。和歌では、玉葉和歌集の藤原定家に
陰暦三月のことであるが、新暦3月の別名としても用いる。