高浜虚子 ●
遠山に日の当たりたる枯野かな 季●秋空を二つに断てり椎大樹 季去年今年貫く棒の如きもの 季●暁の紺朝顔や星一つ 季一枚の紅葉かつ散る静かさよ 季大いなる団扇出てゐる残暑かな 季鎌倉を驚かしたる余寒あり 季風吹けば来るや隣のこいのぼり 季春潮といへば必ず門司を思ふ 季三つ食へば葉三片や桜餅 季薄暑はや日陰うれしき屋形船 季涼しさの肌に手を置き夜の秋 季葛水に松風塵を落とすなり 季客を待つ夏座布団の小ささが 季暫くは四十雀来てなつかしき 季卯の花のいぶせき門と答へけり 季船涼し左右に迎ふる対馬壱岐 季降りつづく弥生半となりにけり 季桐一葉日当たりながら落ちにけり 季春風や闘志抱きて丘に立つ 季●遠足のおくれ走りてつながりし 季野を焼いて帰れば燈下母やさし 季根分せるもの何々ぞ百花園 季スリッパを越えかねてゐる子猫かな 季いぬふぐり星のまたたく如くなり 季浴衣着て少女の乳房高からず 季禅寺の前に一軒氷店 季大空に草矢放ちて恋もなし 季門ありて唯夏木立ありにけり 季はなびらの垂れて静かや花菖蒲 季院展の古径の画へと急ぎける 季木曾川の今こそ光れ渡り鳥 季鶺鴒のとゞまり難く走りけり 季いつまでも吠えゐる犬や木槿垣 季大空の片隅にある冬日かな 季老夫婦いたはり合ひて根深汁 季七五三詣り合はして紋同じ 季うつくしき羽子板市や買はで過ぐ 季鳰がゐて鳰の海とは昔より 季大いなる門のみ残り松飾り 季福鍋や田舎に住めば瓦斯恋し 季太箸のただ太々とありぬべし 季掃ぞめの箒や土になれ初む 季売初や町内一の古暖簾 季万歳の佇み見るは紙芝居 季大空に羽子の白妙とゞまれり 季手毬唄かなしきことをうつくしく 季舞初やわが好きのもの所望され 季宝舟目出度さ限りなかりけり 季参詣の早くも群聚初不動 季有るものは摘み来よ乙女若菜の日 季明日死ぬる命めでたし小豆粥 季ふるさとの月の港を過るのみ 季白牡丹といふといへども紅ほのか 季いつ死ぬる金魚と知らず美しき 季大空に伸び傾ける冬木かな 季雪吊の小さき松や小待合 季梅を探りて病める老尼に二三言 季ゆらぎ見ゆ百の椿が三百に 季子規逝くや十七日の月明に 季熊蜂のうなり飛び去る棒のごと 季菖蒲剪るや遠く浮きたる葉一つ 季たらたらと地に落ちにじむ紅さうび 季己れ刺あること知りて花さうび 季夏風邪はなかなか老に重かりき 季夏草に延びてからまる牛の舌 季五月雨や檜の山の水の音 季能舞台地裏に夏の山入り来 季大紅蓮大白蓮の夜明かな 季立秋や時なし大根また播かん 季草の戸の残暑といふもきのふけふ 季温泉の宿や蜩鳴きて飯となる 季灯台は低く霧笛は峙てり 季嗜まねど温め酒はよき名なり 季新涼の驚き貌に来りけり 季蔓もどき情はもつれやすき哉 季●烏賊の味忘れで帰る美保の関 季●遊船を見るともなしによし戸越し 季秋風の急に寒しや分の茶屋 季北風に人細り行き曲り消え 季流れ行く大根の葉の早さかな 季手袋をはめ終りたる指動く 季海の日に少し焦げたる冬椿 季龍巻に添うて虹立つ室戸岬 季●龍巻も消ゆれば虹も消えにけり 季金堂の扉を叩く木の芽風 季鴨の嘴よりたらたらと春の泥 季 (五百句)●ぼうたんに葭簀の雨はあらけなし 季金の輪の春の眠りにはひりけり 季一人づつ渡舟を下りる霞かな 季この庭の遅日の石のいつまでも 季松よりも椿に残る春の雪 季山笑ひ人群衆する御寺かな 季道のべに阿波の遍路の墓あはれ 季家持の妻恋舟か春の海 季●ふるさとに花の山あり温泉あり 季春の山屍を埋めて空しかり 季さし上げて春風にあり風車 季鳥雲に入り終んぬや杏花村 季凡そ天下に去来ほどの小さき墓に詣りけり 季 (五百句)●
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